第4話 僕は何者

ポストを覗くと、厚みのある封筒が一通入っていた。

差出人は、例の展示会の主催者。


封を切ると、中にはチケットと簡単な案内状が同封されていた。


――採用された。


その事実が、ゆっくりと胸に染み込んでくる。

提出した僕の絵は、誰かに選ばれ、展示される。

「魔法少女」という世界の中に、僕の居場所ができたのだ。


嬉しかった。

ただ、素直に嬉しかった。


展示会初日。

進は緊張と興奮を胸に抱えながら、会場となるビルへ向かった。


入口には「芳名帳」が置かれていたが、ペンを取ることはしなかった。

今日は「作家」としてではなく、ひとりの来場者として、この空間を味わいたかった。


会場に足を踏み入れた瞬間、息を呑んだ。


壁一面に並ぶ、無数の魔法少女たち。

剣を持つ者、祈る者、微笑む者、闇を背負う者。

同じテーマのはずなのに、どれ一つとして同じものはなかった。


夢のような空間だった。


そして、その中に――

確かに、“僕”の絵があった。


控えめなサイズで、決して派手ではない。

それでも、間違いなくそこに存在している。


(……僕だ)


胸の奥がじんわりと熱くなる。

ここにあること自体が、証明だった。

自分が、この世界に参加しているという証だった。


「この“僕”さん、なかなかいいね」


隣に立っていた女性が、ぽつりと呟いた。


思わず、そちらを見る。

彼女は作品の前で立ち止まり、真剣な目で絵を見ていた。


「色、落ち着いてるのに印象に残る」


その一言だけで、十分だった。

評価でも、称賛でもない。

ただ、ちゃんと“届いた”という感覚。


嬉しかった。

理由なんて要らなかった。


展示会の終盤。

会場の奥で、ひときわ大きな人だかりができている場所があった。


自然と、足がそちらへ向く。


そこに飾られていたのは――

“mirror”の魔法少女だった。


息が止まった。


色彩、構図、表情。

どれもが圧倒的で、絵というより、生き物のようだった。

今にも画面から抜け出してきそうな存在感。


(……やっぱり、すごい)


mirrorは、進にとって憧れの存在だった。

色の使い方も、キャラクターの内面の描き方も、別次元だった。


(同じ展示会に、僕の絵がある)


その事実に、胸が高鳴る。

同じ空間に並んでいる。

同じ「魔法少女」を描いている。


けれど――


視線を集めるのは、圧倒的にmirrorの絵だった。

人は立ち止まり、声を上げ、写真を撮り、語り合う。


その光景を見た瞬間、進の胸の奥に、別の感情が生まれた。


――悔しい。


自分でも気づかないうちに、拳がぎゅっと握られていた。


(なんで……)


同じテーマなのに。

同じ場所に展示されているのに。


憧れと、羨望と、嫉妬。

そのすべてが絡み合い、言葉にならない感情として胸に残る。


この日、進は初めて知った。


「認められる喜び」と同時に、

「比べてしまう苦しさ」が存在することを。


そしてそれは、

ゆっくりと、確実に、

“何者かになりたい”という呪いへと姿を変えていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る