第27話

僕が初めて先輩と会ったのは、全日本ジュニア選手権だった。


当時十三歳だった僕にとって、二歳年上の彼女は、ひどく大人に見えた。


ジュニア女子シングルで負けなし。

一ノ瀬みなみ。


そのみなみさんと同じリンクで練習していた先輩は、毎試合、きっちり二位に入っていた。


表彰台。

負けているはずなのに、先輩はいつも笑顔だった。


親友のみなみさんと肩を並べて、楽しそうに笑っている。


明るくて、前向きで、いつもポジティブ。


――悔しくないのかな。


正直、そう思った。


けれど、フィギュアスケートは特殊な競技だ。

点数や順位よりも、「自分の演技に満足できたか」を大事にする選手も多い。


先輩は、きっとそういう人なんだろう。

そのときの僕は、そう納得していた。


一年後。


先輩の親友であるみなみさんはシニアに上がり、その勢いのまま、次々とタイトルを手にし、一気にスター選手になった。


一方で、先輩は――

年齢が上がるにつれ、ジャンプが思うように跳べなくなっていった。


全日本選手権も、出場できるかどうかの瀬戸際。


ある年の、全日本大会予選会。


先輩は、ショートプログラムで、すべてのジャンプを失敗した。


まさかの、全日本出場ならず。


それでも、試合後の彼女は、やっぱり笑顔だった。


けれど――


控え室の隅で、誰にも気づかれないように、静かに泣いている先輩を、僕は見てしまった。


視線に気づいた先輩が、こちらを振り向く。


「……誰にも言わないでね?」


「は、はい」


「ありがとう、たけるくん」


――え。


僕の、名前。


このときが、僕たちの初めての会話だったのに。

先輩は、こんな僕の名前を、ちゃんと覚えていた。


その瞬間だった。


胸の奥が、少しだけ、ざわついた。


もしかしたら――

このときから、先輩のことが気になっていたのかもしれない。


それでも、その後、言葉を交わすことはなかった。


時間だけが流れていき、

気づけば、僕は十八歳。

先輩は、二十歳になっていた。


そして――


大学で、再会した。

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