第18話

病室。


 まなみはベッドに横になり、天井を見つめていた。


 カーテン越しに、声が聞こえる。


「……このことについて」


 コーチの声。


「まなみちゃんと、ちゃんと話し合いなさい」

「逃げちゃだめよ」


 一拍の沈黙。


 やがて、ドアが静かに開く。


 たけるが、入ってきた。


 目は赤く、どこか怯えたような表情。


「……先輩」


 かすれた声。


「すみません」

「俺のせいで……」


「違うよ」


 まなみは、即座に言った。


「たけるくんのせいじゃない」


 たけるは、首を振る。


「……実は」


 意を決したように、言葉を絞り出す。


「前に……さゆりとペアを組んでた時も、同じことがあったんです」


 まなみの胸が、きゅっと締まる。


「全日本の試合で」

「僕が投げた時、さゆりの肩が外れて……」


 拳が、ぎゅっと握られる。


「その恐怖で……彼女、この競技ができなくなって」

「メンタルも病んでしまって……今も、治療中です」


 声が、震える。


「僕が……強く投げすぎたせいなんです」

「僕は、自分のことを……許せなくて……」


「……そうだったんだね」


 まなみは、静かに言った。


 たけるは、顔を上げる。


「でも……それでも」

「僕、前に進みたくて」


 必死な目。


「ペア選手として、オリンピックを目指したい」

「その時に……思い浮かんだのが、まなみさんでした」


 まなみは、驚いて目を瞬かせる。


「先輩は、いつもポジティブで」

「僕が大学の時、ショートで全部ジャンプ失敗して、フリーに進めなかった時も……」


 少し、笑う。


「“ハンバーガー行こ!”って」

「スケートの話、一切しなかったですよね」


 まなみも、思い出してくすっと笑う。


「あの時……」

「先輩となら、もう一度ペアができるって思ったんです」


 でもすぐ、表情が曇る。


「……僕の自分勝手な考えです」

「先輩に、辛い思いばかりさせて……」


「そんなことないよ」


 まなみは、はっきり言った。


「私ね、最近」

「たけるくんのおかげで、“生きてる!”って感じるんだ」


 たけるが、顔を上げる。


「誰かに必要とされて」

「好きなことに、毎日挑戦できてる」

「今が、すごく幸せ」


 そう言って、ポン、と自分の体を叩く。


「だから、こんな怪我——」


「いった!」


「先輩!」


 慌てて身を乗り出すたける。


 まなみは、照れたように笑った。


「ほらね」

「シングルの時なんて、手術レベルの怪我、何回もしてるし」


「笑い事じゃないですよ!」


 珍しく、強い口調。


 まなみは、でも穏やかに言う。


「私は大丈夫」

「私は、強いから」


 そして、まっすぐ見つめる。


「だからね」

「これからは、二人で一緒に頑張ろう」


 たけるの目が、揺れる。


「たけるくんは、ひとりじゃないよ」


 しばらくの沈黙。


 やがて、たけるが小さく息を吐いた。


「……はい」


 涙をこらえた声。


 二人の間に、静かだけど確かな絆が、深く結ばれていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る