第16話

翌日。


 リンクは、いつもより静かだった。

 朝一番の練習時間。氷の上には、二人だけ。


 アップを終え、フェンス際で休んでいるとき。

 まなみは、深く息を吸った。


「……たけるくん」


 声が、少しだけ震える。


「昨日の試合のあとなんだけど——」


 言葉を探す間もなく、たけるが先に口を開いた。


「まなみさん」


 まっすぐな視線。


「僕、パートナーがまなみさんで良かったです」


 不意打ちのような言葉。


「……え?」


「正直に言うと」

 たけるは少し照れたように笑った。


「まなみさんとなら、ずっと続けられる気がするんです」

「無理しなくても、一緒に前に進めるっていうか……」


 胸が、ぎゅっと鳴った。


 嬉しい。

 でも——


 違う。

 聞きたいのは、そこじゃない。


「それは……」


 続きを言おうとした、そのとき。


 ピロン、と乾いた音。


 たけるのポケットの中で、携帯が震えた。


 画面を見るなり、彼の表情が変わる。


 ——さゆり。


 その名前が、はっきりと見えた。


 まなみの喉が、きゅっと締まる。


「……すみません」


 たけるは、申し訳なさそうに言った。


「僕、行かないと」


「え……今?」


「はい。すぐ戻りますから」


 そう言いながら、もうリンクを降りている。


 まなみは、何も言えなかった。


 行ってしまう背中を、ただ見送ることしかできない。


 ——また、聞けなかった。


 肝心なことほど、遠ざかっていく。


 嬉しい言葉に、心が浮いて。

 不安な名前ひとつで、また沈む。


 一喜一憂する自分が、情けなかった。


 リンクに残されたまなみは、ひとり、氷を見つめる。


 ——このままで、いいわけない。


 答えを知らないまま滑るのは、

 きっと、もう無理だ。


 冷たい氷の上で、

 まなみは、強く拳を握った。

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