第12話


「次の目標なんですけど」


 リンクサイドで、たけるが資料を広げる。


「まずは地方大会です。ここで一定の点を出せれば、ブロック大会に進めます」

「ペアは要素点の比重が大きいので、リフトとスローを安定させるのが最優先で——」


 あゆみは頷きながら、話を聞いていた。


 ……はずだった。


 ——お似合いだし。


 みなみの声が、頭の奥で繰り返される。


 氷の上で見せた、たけるの真剣な横顔。

 あのリフトのとき、確かに感じた安心感。


 気づけば、たけるの口元や、指先の動きばかりを目で追っていた。


「……で、プログラムの後半にスロージャンプを——」


 ふいに、声が近づく。


「先輩!」


 はっと我に返る。


「聞いてますか?」


「あっ……ごめんごめん!」


 慌てて姿勢を正す。


「何だったっけ?」


 たけるは、少し困ったように笑った。


「だから、衣装の動きやすさも点に関わるって話です」


「あ、そ、そうだよね」


 笑って誤魔化すけれど、胸がざわつく。


 ——いけない。


 みなみの言葉が、どうしても頭から離れない。


 こんなんじゃだめだ。

 集中しなきゃ。


 あゆみは、心の中で自分に言い聞かせる。


 たけるくんは、ただのパートナー。

 同じ目標を持つ、同志。


 それ以上でも、それ以下でもない。


 そう、これは競技だ。

 恋なんて、入り込む余地はない。


「先輩?」


 たけるの声に、今度はちゃんと顔を上げる。


「うん。ごめん。ちゃんと聞く」


 あゆみは、深く息を吸った。


 ——切り替えよう。


 リンクの上で必要なのは、感情じゃない。

 信頼と、技術と、覚悟。


 そうやって自分に言い聞かせながら、

 あゆみは“ペアとしての未来”だけを見つめ直した。


 その決意が、

 この先、どんな波紋を呼ぶのかも知らずに。

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