第11話
何度目かのリフト練習。
「力、もう少し抜いてください」
「うん……」
あゆみは、たけるの肩に手を置く。
踏み切りのタイミング。視線。呼吸。
——今なら、いける。
「いきます」
たけるの声と同時に、身体がふわりと浮いた。
視界が、一気に高くなる。
天井のライトが、近づいた気がした。
——あ。
落ちない。
ぶれない。
たけるの腕が、確かに支えている。
数秒間。
それは、今までで一番長く感じた“空中”だった。
「……降ります」
静かに氷に戻る。
一瞬の沈黙。
「今の、いいな」
リンクサイドから、コーチの声が飛んだ。
「タイミングも、軸も安定してた」
「もう一回、同じ感覚でやってみよう」
胸が、ぎゅっとなる。
——できた。
あゆみは、思わずたけるを見る。
「……できたね」
「はい」
たけるは、少し息を乱しながらも、はっきり頷いた。
その横顔が、ふと、いつもより大人びて見えた。
真剣な目。
リンクに立つ“パートナー”の顔。
——あ、って。
理由のない鼓動が、少し早くなる。
休憩時間。
リンクの端で水を飲んでいると、聞き慣れた声がした。
「まなみ?」
振り返ると、そこにいたのは、みなみだった。
「え……みなみ?」
「久しぶり。たまたま練習見に来たんだけど」
リンクに視線を向け、にこっと笑う。
「ペア、始めたんだね」
「そうなんだよ」
少し照れながら答える。
「久しぶりに、こんなに生き生きしたまなみ見た気がする」
そして、さらっと続けた。
「それに、たけるくんとお似合いだし」
「ぶっ——!」
思わず、水を噴き出す。
「ちょっと!」
「変なこと言わないでよ!そういう競技なだけだから!」
慌てて否定すると、みなみは声を立てて笑った。
「冗談、冗談」
そう言いながら、意味ありげにウインクする。
「でもさ」
「今のまなみ、すごくいい顔してるよ」
その言葉が、胸に残る。
みなみが去ったあとも、あゆみはしばらく氷を見つめていた。
——お似合い、か。
ふと、さっきのリフトを思い出す。
浮いた瞬間の安心感。
支えられている感覚。
そして、リンクの中央で練習を続けるたけるの背中。
……意識しちゃうじゃん。
自分の中に生まれた小さな変化を、あゆみは否定できなかった。
ペアとして。
それとも——
まだ、名前のつかない感情が、静かに芽を出していた。
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