第10話

はじめの頃は、何度も止まった。


「ごめん!」

「今の、タイミング早すぎました」


 謝る声ばかりがリンクに響く。

 リフトも、スロージャンプも、回転の入りも——全部がちぐはぐだった。


 あゆみは、何度も転んだ。


「大丈夫ですか?」


 差し出される手に、苦笑いする。


「……ほんと、迷惑ばっかりかけてるね」


「そんなことないです」


 たけるは、即答だった。


「ペアって、最初はこんなもんですから」


 そう言いながら、何度でも手を差し出す。


 最初は、ただ“教えられている”感覚だった。

 ついていくのに必死で、自分の体なのに、どこか他人事みたいだった。


 でも——


「今の、悪くなかったです」

「え、ほんと?」

「はい。入り、だいぶ良くなってきてます」


 そう言われる回数が、少しずつ増えていく。


 転んでも、前ほど痛くない。

 立ち上がるまでの時間も、短くなった。


「……今の、私の足さばき、ちょっと良くなってない?」


「自分で言います?笑」


「だって、前より滑れてる気がする」


 あゆみがそう言うと、たけるは楽しそうに笑った。


「はい、ちゃんと良くなってます」


 その笑顔を見て、胸が軽くなる。


 ある日、スロージャンプで盛大に転んだ。


「うわっ!」


 二人同時に氷に倒れ込む。


 一瞬、静寂。


「……っ」


 次の瞬間、たけるが吹き出した。


「今の、派手すぎません?」


「ちょっと!笑わないでよ!」


「いや、タイミング完璧でしたよ!転ぶとこまで一緒でした」


 あゆみも、つられて笑ってしまう。


 転んで、笑って。

 また立ち上がる。


 失敗が、怖くなくなっていた。


「もう一回、いきましょう」


 たけるが言う。


「うん」


 今度は、自然に返事ができた。


 氷の上で、呼吸が合う。

 視線を交わさなくても、動きが分かる瞬間が増えていく。


 ——一人で滑っていた頃には、なかった感覚。


 ペアで滑るということは、

 相手を信じることなんだと、ようやく分かってきた。


 失敗しても、笑える。

 うまくいけば、一緒に喜べる。


 リンクの上で、二人のリズムが、少しずつ重なっていく。


 そのリズムは、まだ不安定で、未完成だけれど。


 それでも、確かに——

 前に進んでいると、思えた。

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