第9話
次の練習日。
リンクに入る前から、まなみの胸は落ち着かなかった。
——ちゃんと、謝らなきゃ。
たけるの姿を見つけると、まなみは深く息を吸い、歩み寄る。
「……たけるくん」
声が少し震えた。
「この前は、ごめんなさい。あんなこと言って……」
一瞬の沈黙。
でも、たけるはすぐに首を振った。
「僕の方こそ、すみません」
意外な言葉に、まなみは顔を上げる。
「はじめてのことばかりで大変なのに」
「それに、僕が誘ったのに……プレッシャーかけちゃいましたよね」
その真剣な表情に、胸が熱くなる。
「……違うの」
まなみは、小さく首を振った。
「せっかく、たけるくんが私のこと信じてくれたのに」
「なのに、逃げるみたいなこと言って……」
拳をぎゅっと握る。
「私、頑張る。ちゃんと、向き合う」
たけるは、少し安心したように微笑んだ。
「ありがとうございます」
そして、少しだけ言いづらそうに、続ける。
「……ひとつ、聞いてもいいですか?」
「うん」
「どうして、そんなに自信がなくなっちゃったんですか?」
その問いに、まなみは一瞬、言葉を失った。
リンクの冷たい空気が、肺に染みる。
「……実はね」
ゆっくり、言葉を選びながら話し始める。
「みなみや、たけるくんみたいに、私には才能がなくて」
「だから引退して、社会人になったんだけど……」
視線を落とす。
「小さい頃からフィギュアスケートしかしてこなくて」
「世間のこと、何も知らなくて」
仕事で怒られた日のこと。
うまくできない自分を、何度も責めた夜。
「上手くいかないことばかりで、怒られてばっかりで」
「……いつの間にか、自信がなくなってたんだよね」
少し間を置いて、続ける。
「でも」
たけるを見る。
「カフェで、たけるくんが私のこと褒めてくれて」
「……すごく、嬉しかったんだ」
それは、ずっと胸の奥に溜めていた本音だった。
たけるは、静かに聞いていた。
そして、まっすぐな目で言う。
「まなみさんは、僕にとって憧れの存在なんです」
まなみの目が、わずかに見開かれる。
「大学の時、何度も助けてもらいました」
「リンクの上でも、リンクの外でも」
一歩、近づく。
「だから、これからは僕が支えます」
迷いのない声だった。
「一人で抱え込まないでください」
「なんでも、話し合いましょう」
そして、少し照れたように笑う。
「……約束です」
まなみは、胸の奥が温かくなるのを感じた。
「……うん。約束」
リンクの上で交わした、小さな約束。
それは技術よりも、何よりも大切なものだった。
二人の間に、確かに“絆”が芽生えた瞬間だった。
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