カフェで再会

待ち合わせのカフェは、駅から少し離れた場所にあった。

 あゆみは窓際の席に座り、カップの縁を指でなぞる。


 ——緊張してる。


 自分でも驚くほど、心臓の音が近い。

 ただ話を聞くだけ。そう決めてきたはずなのに。


「先輩!」


 聞き慣れた声に顔を上げる。


 立っていたのは、少し背が伸びて、大人びた表情のたけるだった。

 それでも、笑った瞬間、大学時代の面影が重なる。


「お久しぶりです。まさか受けてくださるなんて思ってなかったです」


 そう言って、少し照れたように頭を下げる。


「……こちらこそ。急で驚いたよ」


 本音だった。

 あゆみは椅子を勧め、向かい合って座る。


「嬉しいです。本当に」


 たけるの声は、まっすぐだった。

 迷いも、計算も感じられない。


 あゆみは、ふと聞いてみたくなった。


「……私で、良かったの?」


 一瞬の沈黙。

 でも、たけるはすぐに笑った。


「当たり前じゃないですか」


 即答だった。


「先輩だから、声をかけたんですよ」


 胸の奥が、じんわりと熱くなる。

 そんな理由で、自分の名前が呼ばれる日が来るなんて思っていなかった。


「僕、先輩と一緒に滑るの、好きでした」


 さらっと言われたその一言が、心に残る。


「いつも明るくて、リンクにいると空気が軽くなる感じがして」


 あゆみは、言葉を探した。

 でも、うまく返せなかった。


 ——そんなふうに思われていたなんて。


 窓の外では、夕方の光がゆっくり傾いていく。

 この時間が、ただの“相談”で終わらない気がしていた。


 あゆみは、カップを持ち上げ、そっと息を吐いた。


 まだ決めていない。

 それでも、心のどこかで——

 もう一度、リンクを思い浮かべている自分がいた。

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