親友へ相談
会社からの帰り道、あゆみは何度もスマートフォンを手に取っては、画面を消した。
たけるの名前は、まだそこにある。
——一人で決められない。
そう思った瞬間、指が勝手に動いた。
通話ボタンを押す。
呼び出し音は、三回も鳴らなかった。
「もしもし?」
少し掠れた声。
忙しいはずの時間帯なのに、みなみは電話に出た。
「ごめん、こんな時間に」
「いいよ。どうしたの?」
その一言だけで、胸の奥が緩んだ。
世界王者になっても、みなみは変わらない。
あゆみは、たけるからのメッセージのことを話した。
言葉にするほど、現実味が増していく。
「……私なんかでいいのかなって」
少し間があって、みなみが笑った。
「いいじゃん!」
即答だった。
「え?」
「昔さ、私がペアのトライアウト受けた時、楽しかったって言ってたじゃん」
「そんなこと、言ってたっけ」
「言ってたよ。リンクに二人で立つの、意外と悪くないって」
あゆみは目を閉じた。
確かに、そんな話をした記憶が、うっすらと浮かぶ。
「一度きりの人生なんだしさ。挑戦してみなよ」
「……そ、そうだよね」
言いながら、声が震えた。
電話の向こうで、みなみが少しだけ真面目な声になる。
「ね、あゆみ」
「なに?」
「実はさ、私、今シーズン限りで引退するんだ」
一瞬、言葉が出なかった。
「……え?」
「今度のオリンピックで金メダル獲って、終わりにする」
淡々とした口調だった。
でも、その奥に覚悟が滲んでいる。
「だからさ」
みなみは続けた。
「これからのスケート界、あゆみに託すよ」
胸の奥が、熱くなった。
冗談みたいな言い方なのに、冗談に聞こえなかった。
「私なんて——」
「違う」
きっぱりと遮られる。
「あゆみは、折れなかった人でしょ。私はそういう人が好き」
しばらく、何も言えなかった。
ただ、電話越しに聞こえる呼吸を感じていた。
「ありがとう、みなみ」
「どういたしまして。返事、ちゃんとしなよ」
通話が切れる。
部屋は静かだった。
あゆみは、ベッドに腰を下ろし、スマートフォンを手に取る。
たけるのメッセージを開く。
しばらく考えてから、短く打った。
「突然で驚きました。でも、一度お話を聞かせてください。」
送信。
画面が元に戻る。
胸の鼓動が、少し早い。
——まだ、何も決まっていない。
それでも、確かに一歩、踏み出していた。
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