1・ きのこ発見

執務室の扉が叩かれました。


「どうぞ」と声をかけると、扉が少しだけ開いて、白くて長い耳がぴょこんと顔を出しました。メイドのラビちゃんです。彼女は兎っ娘で、扉の陰からおずおずとこちらの様子をうかがっています。


「どうしました?」と、怖がらせないようにできるだけ優しく声をかけました。


「ロ、ロキエル様。お忙しいところ申し訳ありません。あの……」


 いつもはおっとりしているラビちゃんが、すごく落ち着かない様子です。嫌な予感がします。私は事務仕事ををやめて立ち上がり、彼女をソファに案内しました。


「立ち話も何ですから、こちらへどうぞ」私が座ると、ラビちゃんはなぜか私のすぐ隣にぴたっとくっついてきました。クンクンと鼻を鳴らして、なんだか幸せそうな顔をしています。……可愛すぎます。


「それで、何があったのですか?」


「ええ、あの、開発室のほうから……その……」


「慌てなくていいですよ。落ち着いてくださいね」


 私がそう言うと、ラビちゃんは潤んだ瞳で私を見つめました。


「落ち着かせていただいても、いいですか?」


「え? ええ、もちろん」意味がよくわからないまま返事をすると、次の瞬間、ラビちゃんにペロッと頬を舐められてしまいました。


「落ち着きました!」……それはなにより。でも、動転したのは私の方でした。獣っ娘の生態は、摩訶不思議な謎に包まれています。本格的に生態調査をしてみたいとも思いますが、なにしろ商品開発室には、謎の塊がいますので、手が回りません。


「ラ、ラビちゃん? それで、用件は……?」

「失礼しました。開発室から、変な異臭……いえ、鼻を突くような刺激臭がしているんです」


 今、彼女は「異臭」と言いかけましたね。


「刺激臭? みんなは大丈夫ですか? 具合が悪くなった人は?」


「最初に気づいたウルが、顔を真っ赤にして熱があるみたいだと。苦しそうにしています」


 それは大変です。狼の女の子であるウルちゃんは、鼻がすごくいいのです。私は急いで引き出しから、七色に光る液体が入った小瓶を取り出しました。


「これをウルちゃんに」

「ロキエル様! これってエリクサーですか!?」

「そうです。私に喧嘩を売ってきた相手から取り上げた物ですから」

「そんな命知らずがいたんですか?」

「ええ、ですから気にせず使って下さい」

「ありがとうござます!」


 ラビちゃんと別れて開発室へ向かうと、角のところでメイドさん達が三人、開発室の前での様子をうかがっていました。おしりを触って悪戯してやろうという気持ちを抑えて、声を掛けます。


「ロキエル様!」


口々に騒ぎ出す彼女たちをなだめて、「大丈夫、任せてください」と、言い聞かせました。実は、執務室を出た瞬間にこの匂いで正体はわかっていたのです。

 開発室の扉を叩きましたが、返事がありません。


「マリ、入りますよ」と日本語で声をかけて、扉を開けました。


 そこには、キノコがいました。


薄緑色のコックコートを着て、長い黒髪を無理やりキャスケットに詰め込んだマリです。そのせいで頭がポッコリと大きく膨らんで、右に左にふらふら揺れています。


 私は慌てて扉を閉め、その場にぺたんと座り込んでしまいました。なんだか、笑いが止まりません。私がこんなふうに笑うなんて、いつ以来でしょうか。


 大変な状況なのに、なんだかとても楽しくなってしまいました。

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魔王城のレストラン〜商品開発部 @ROKIELE

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