魔王城のレストラン〜商品開発部

@ROKIELE

第0話 プロローグ

 

 あ! ほほが緩むのを止められない。


 ありふれた白い皿に、ポツリと乗せられた、ただ焼いただけの、厚切りの、お肉。


 飾り切りされた、彩り豊かな野菜が添えられているでもなく、きれいな模様を描くようにソースがかけられているでもなく、「まぁ、食べてみれば」とでも言いたげな、愛想のないひと皿です。


 しかし、何ともいえない、独特で豊潤な香りが立ち昇って来るのです。このような香りのする香辛料を知りません。かすかに甘く、芳ばしい、炒った木の実のような香りです。肉自体の香りなのでしょうか? それとも何か、特別な技法で、香り付けをしているのでしょうか?


 考えていても仕方ありません。さっそく、ナイフを入れました。

驚いたことに、厚みがあるにもかかわらず、吸い込まれるように刃が通ります。切り口から溢れ出したのは、濁りのない、琥珀色の透き通った肉汁。それが皿に広がるのと同時に、あのナッツのような芳香が爆発的に鼻腔を突き抜けました。


 ひと切れ、口にして噛みしめると、あまりの美味しさに言葉を失います。


 舌の上で脂が甘く、静かに溶けていく。噛みしめるというより、歯が肉の繊維を優しく解いていくような感覚です。そのたびに、凝縮された凄まじいまでの旨味が、押し寄せてくるのです。


 驚くべきは、そのあと味。これほど濃厚でありながら、脂は決してしつこくない。上品なコクだけを残して、魔法のように消えてしまう。そして、時折カリリと当たる塩の結晶。その鋭い塩気が肉の甘みを限界まで引き立て、味の輪郭を鮮やかに描き出していました。気が付けば空になった皿を、じっと見つめていました。


 ふと、我に返ると、正面に座るマリが、テーブルに肘をつき、広げた手の平に顎を乗せて、幼子を慈しむような笑顔を、私に向けているではありませんか。


 マリのくせに生意気です。


私は手を伸ばし、マリの頬を摘まみ上げて問いかけます。


「マリ! これは何?」「あ゛ばばば」


 マリの頬はとても柔らかく、触り心地が良いうえに、痛がる顔が可笑しすぎて、もっと摘まんでいたいのですが、このままでは何を言っているのか、サッパリ分かりませんので、まぁ、手を離してあげましょう。


「これは何ですか?」「お肉! ふすん!」


 むっきー! 当たり前の事を聞くなとばかりに、鼻を鳴らして答えるではありませんか。マリのくせに!


「いいですか! 私は、何故、お肉が、こんなにも、美味しく、なったのか、それが、知りたいの、です!」「お肉と、お塩?」


 小首をかしげて答える、マリの愛らしい仕草に、笑みがこぼれそうになりますが、甘やかす訳にはいきません。


「マリ!」マリを睨みつけてやりました。


「お肉と、お塩が、ちがうの!」マリは椅子から腰を浮かせ、テーブルをパタパタ両手で叩いて猛抗議です。


「ぷんすか!」頬をふくらませて、怒っているつもりなのでしょうが、可愛すぎます。


「お肉とお塩が違うだけ?」私がいぶかしげに尋ねたのにもかかわらず、マリは腕を組んで、満足そうにうなづいて答えます。


「うむ!」何だか偉そうだ! まぁ良いでしょう。実際に作るところを見れば分かる事です。


「マリ、質問を替えます。この料理の材料はまだありますか?」


「ある。もう、いち枚やく?」マリの問い掛けに、私は、間髪入れずに答えます。


「三枚! です!」

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