第8話 嬬
アズミは山火事のあとから、リョウの様子がおかしいのに気がついていた。
「記憶が戻ったんやろか?あれは誰だったんやろ?」
あの火事の最中に黒い影が炎の灯りを遮って行ったような記憶がある。
あれが犯人だったのだろうか?あまりにも一瞬のことだったから、猫が犬なのかと考えたりもしてみたけれど。目をつぶって模索すればするほど、子供だったような気がする。
子供、、、。
アズミはかつて自分がやったひとでなしの行為が蘇ってくるのを感じた。
中学生になって、担任の若い男性教師はこんな田舎臭い村には無い溌剌とした輝きを放っていた。
当然、その男性教師は女生徒の人気の的になっていった。アズミは真面目だけが取り柄だったから学級委員をいつも押し付けられていた。
今回ばかりはそれに感謝した。学級委員となれば担任とのやり取りが増えるからだ。
一方でアズミは自分が担任に憧れている素振りは一切わからないようにした。
何故かはわからないが、ミーハーに騒ぐのは馬鹿みたいに思えたから。
2年になっても担任は変わらなかった。アズミは嬉しかった。
「先生と生徒の恋なんてあるかもしれない。」そんな妄想を考えたりするようになっていた。
「なぁ、アズミ、知っとるが?タキヤマ先生な、できちゃった結婚やに〜。」
「え?それって、先生には彼女がおったげってことかや?」
「そらぁ、おるやろ。あいだけかっこいいやでな。できちゃった婚なんて、この村のもんがやったら大騒ぎになるがや。やっぱり都会育ちの人と違うとるわ、堂々と歩いてるげなちゅうて村の人らは噂しとるわ。」
そんな噂話を聞くたびに、自分まで汚されてるような気持ちになって行った。気持ち悪い。それまで楽しみにしていたタキヤマ先生の手伝いも気が重くてたまらなかった。
学級会の時間に教頭先生がやってきた。
「タキヤマ先生、奥さん、産まれそうでな。病院に行ったそうやげな。急いで帰ってください。」
先生はクラスのみんなに紅潮した顔で奥さんのところへ行くことを伝えた。
私はお腹が鈍く痛かった、、、。トイレに行くと生理になっていた。私は生理痛がけっこう強かったから保健室で横になることにした。
保健室の先生からは生理痛の薬をもらって飲んだから、少しずつ痛みは治まったが、表現出来ないイライラした気持ちが込みあがり落ち着かなかったのだ。
この辺りの村には病院は一つしか無かったから、あちこちの集落から人は集まった。
産科もそこだけだったので毎日のようにお産はあった。
一旦は家に帰ったけど、先生の赤ちゃんの事が気になって仕方なかった。見てみたいと思った。私はこっそりと家を抜け出して自転車を漕いだ。夜の道は車も殆ど走ってない。
普段から自転車で何処でも行っていたから、集落の中心にある病院に行くことなんか朝飯前だった。
田舎の病院だったから面会時間の制限なんてあってないようなものだったし、よそ者はすぐにわかるからセキュリティもゆるゆるだった。
私は白いワンピースを着て紺色のカーディガンをはおって病院に入って行った。
何と無しに看護婦さんってこんな感じだったから。遠めに見たら看護婦さんに見えるんじゃないかと考えたからだ。
病院には何度も来たことがある。親類や近所のお姉さん達が里帰りでお産したら見に行くのは普通だった。まあ、年寄りなんかは待ち時間にお茶菓子分けて喋ってたりするような
時代だったから。
私が産科の病室を訪ねた時、何だかバタバタしてた。妊婦さんに何かあったようだ。
新生児室には誰もいない。私は惹かれるように入って行った、そしてタキヤマと名札の名前があるベットの赤ちゃんを見た、、、。
その時、私の中で恐ろしい気持ちが湧き上がってきた。私を苦しめてるこの子、先生に可愛がられるなんて許せない。
赤ちゃんは五人寝かされていた。そのひとりの赤ちゃんに目が止まった。
「あ、この子も今日産まれたんだ。産まれた時間も近い。顔も似てる。」
先生と奥さんにはこの子がお似合いだわ。そうよ、結婚もしてないのに妊娠するなんてひどい。不真面目すぎるわ。
私は先生の赤ちゃんとその子の足のネームバンドを取り返えた。そしてベットに入れ替えて寝かせてやった。
私は誰にも見つからないように病院を出て全速力で自転車を走らせた。
「私は悪くない、先生が悪いんや。私を傷つけたんやから、私は悪くない。」そう何度も繰り返し呟きながら。
私はそれから毎日が恐ろしかった。自分のした事がいつかわかって大騒ぎになるんじゃないかと。
でもそんな事は起こらなかった。平凡に過ぎていく日々。
タキヤマ先生は三年になった時に他の中学に転任して行った。私は安心した。
もう、先生と顔を合わせないで済む、、、。もう誰にもみつからない、、、。
高校生になって仲良くなった子からボランティアに誘われた。そこが児童養護施設だった。そこにいる子供が家庭の事情で生活してるけど、いい子ばかりじゃなかった。
初めてなのにべったりとしてくる子もいれば、こちらを観察してる子もいたり、わざと物を投げて気をひこうとしたり。
「びっくりした?みんな、寂しいんや。いくら職員さんがおっても自分ひとりを見てくれる訳じゃないもん。親とは違うもんな。」友達が私に言う。
私は、私は、、。何故、あんな事をしでかしたんだろう、思い出さないようにして来た過去が私の前に姿を現した。
タキヤマ先生とは年賀状のやり取りだけはしていた。だから、先生のところの赤ちゃんは
大切にされてることや妹が出来て良いお兄ちゃんだって事もわかっていた。
じゃあ、先生の本当の赤ちゃんは?どうなったのだろう。
探さなきゃ。もしも、不幸になっていたら、、、。
あの赤ちゃんはヤマダさんのベビーと名札が付いていた。それだけしかわからなかった。他の村のことはわからないし、里帰りで赤ちゃんを産んだなら益々行方はわからない。
どうにもならないかと思って諦めかけた時にテレビで小さな頃に別れた親を探す番組をやっていて、探偵事務所が探してくれることを知った。
私はアルバイトやお年玉なんかを貯めて、短大に進学して街で暮らすようになった時、
探偵事務所へ赤ちゃん探しを依頼した。
あっさりと探偵は先生の赤ちゃんを見つけた。
私が取り替えた赤ちゃんは、16歳の少女がこっそりと産んだと分かった。わざわざ、親が知り合いの無い場所で産ませたらしい。世間体ってやつだ。
赤ちゃんは引き取られることは無く、そのまま施設に入れられたこともわかった。
調査費を支払って資料が入った封筒を握り締めながら泣いた、、、。
なんて事をしたんだろう。先生の赤ちゃんは捨てられたと思っているわ。違う、違うわ。
私が、、、。
先生の赤ちゃんが居る施設もわかったから、私は保育士になり赤ちゃんのいる施設で働くことに決めた。
せめて、私の手で見守っていこう、どんな事があっても。
私はどこまでも自分の罪を隠す事しか考えてなかったんだ。
それは今も同じ。
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