第3話 妹がダンジョンで行方不明になった件(兄視点)
オレの名前は
IT企業に務める25歳の会社員。
生まれた家は千川流探索道という、いわゆる古流武術を探索者活動向けに魔改造した伝統なのかなんなのかよくわからない武芸術の家元
ただ、オレ自身は探索者としての適性には恵まれず、大学卒業と同時に実家を出て現在に至っている。
千川流探索道は基本的に女系流派で、先々代の家元は祖母で先代の家元は母。
当代の家元は大叔母、つまりオレの祖母の姉となっている。
元々母の次はオレの妹、千川すいが家元を継ぐと見られていたんだが、生憎すいはオレ以上に探索者適性がなかった。
基本的な身体能力、メンタリティについては問題なし。
むしろ、一族最強とか歴代最強クラスの可能性もあるんじゃないかと思ってるんだが、探索者登録時に行われる魔素干渉力レベル、通称魔素レベルのテストの結果が、“0(ゼロ)”だった。
探索者登録には最低でもレベル3が必要なんだが届かないどころか、理論上存在しないはずの前代未聞の数字だった。
ちなみにオレはレベル1、父はレベル3、母はレベル7、下の妹はレベル6となる。
兄妹連続で醜態を晒したということで、ネット掲示板やペケッターなどでは脱落兄妹とか生き恥兄妹とか陰口を叩かれる始末だった。
下の妹はレベル6で普通に家元が務められるレベルだったのだが、そもそものところで千川流への感心が薄かった。
無理強いはしないと決断した母は千川流の家元の座を大叔母に譲り引退。
平凡な専業主婦として日々を過ごすようになった。
とはいえ、元々S級探索者として莫大な収入を得ていた上、父はダンジョン周辺地域の都市開発を手掛ける不動産グループの総裁を務めているので、「平凡な主婦()」と言ったところではあるが。
ともかく自認上は普通の家族、もしくは社長一家となった千川家の長女すいは、探索者向けでない普通の高校に入学、静かに暮らしていたんだが……。
昼休みの喫茶店でプライベート用のスマホをチェックしたところ。
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@sui_watch
突然ごめんなさい。
妹のS・Sです。
祖父の依頼を受けてお台場の海浜公園を調べに行ったところ、
どこかのダンジョンの未知領域に迷い込んでしまいました。
電話もネットも繋がらないのですが、
チューチューブのアプリだけは使えるようなのでこちらに書き込んでいます。
お手数ですが、このコメントを見たら両親と祖父に連絡を入れていただけないでしょうか。
怪我などはありません。
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ただ事でないコメントを書き残していた。
既読通知代わりにいいねボタンを押し、電話、メール、グループチャットなどで連絡を試みたが、本人の申告通り反応はない。
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@一竿斎
コメントを確認しました。
すぐに皆に連絡を入れます。
このコメント見たらまた書き込んでください。
午後休を取って張り付いています
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千川家のグループチャットによると、両親は昨日から九州。
ダンジョン周辺地域の都市開発を手がける企業経営者の父の講演がてらの夫婦旅行とのことだった。
取り急ぎ、母香澄の番号を呼び出す。
「香澄です。どうしたのこんな時間に?」
「旅行中にごめん、今大丈夫? すいのアカウントからオレの動画あてに変な連絡があったんだ。爺ちゃんに頼まれてお台場の海浜公園を調べに行ったらダンジョンの未知領域に迷い込んで帰り道がわからないって言ってる」
「迷い込んだ? すいが?」
母は不可解そうな声を出す。
魔素レベル不足で探索者資格は取れなかったが、すいのダンジョン関係の知識、教養は千川流の師範や探索者学校の講師が務まるレベルだ。
目に見えるダンジョンのゲートにうかうかと入り込むとは考えられない。
「詳しいところはわからないけど、電話もメールもダメで、チューチューブのアプリだけ使い物になるらしい。今こっちからも返信をして反応を待ってる」
「チューチューブ?」
スマホは使えるが、このあたりまで行くと母には苦手分野になってくる。
「メールでアカウントを送るから、父さんと二人で確認してみて。父さんは今近くに?」
「聞いている」
父清悟の声が聞こえてきた。
「今から講演が始まるところだ。一五時までは動けないが、終わり次第東京に戻ろう。母さんはすぐ戻る」
「わかった」
「あきらとお父さんにはもう連絡を?」
母が再び口を開いた。
ここでのお父さんとは母の父親、祖父の千川仙蔵のことである。
「いや、今からしようと思ってる」
「お父さんには私から連絡しておくわ。一体何を頼んだのか確認しておきたいから」
「わかった。それならあきらにだけ連絡しておくよ」
この雰囲気だと祖父は『ガン詰め』されることになりそうだ。
下の妹のあきらにもメッセージを入れ、チューチューブの動画をチェックすると、すいからの返信が入っていた。
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@sui_watch
確認しました。
今は川辺にいます。
途方もなく規模の大きなダンジョンのようです。
ダンジョンというより、異世界みたいな。
森や山、空もあって、太平洋大龍が飛んでいました。
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一体どこにいるんだおまえは……?
そんなツッコミをまずは飲み込み、返信を送る。
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@一竿斎
了解。
皆に連絡を取りました。
母さんはすぐ東京に戻ります。
父さんも仕事が落ち着き次第。
こっちは今から半日休みを取るので安全が確保できているならそのままそこで待機してください。
まだ設定していなかったらスマホを省電力モードに。
あと、バッテリー残量を教えてください。
設定→バッテリーとパフォーマンスでチェックできます。
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そのままスマホを凝視していたいところだが、無断で職場放棄というわけにはいかない。
既に昼休みの時間を過ぎてしまっていた。
急いでオフィスに戻ると早速フロアの主である左村事業部長に怒鳴りつけられた。
「おい脱落! 今何分だと思ってんだ! 中学生じゃねぇんだぞ!」
オレの勤務先は冒険簿記株式会社といって、探索者向けの会計・確定申告ソフト『冒険簿記シリーズ』『冒険青色申告シリーズ』を主力商品とするIT企業である。
探索者パーティ、クランなどの法人向けが『冒険簿記』で個人探索者向けが『冒険青色申告』。
確定申告というのは革新性より堅実さ、派手なバージョンアップよりも税制改正への確実な対応が求められる分野なのでIT企業にしては進化が遅い。
全体的に旧態依然、ブラック企業的風土が今なお色濃く残った会社だった。
今の事業部長である左村氏はそんな我が社の象徴的な人物で、大手ITベンダーをパワハラで解雇されたところを、その剛腕を見込んだ弊社社長からの招聘を受けて部長の座についたという筋金入りの経歴の持ち主だ。
彼がやって来てからと言うもの、この事業本部フロアには罵声が絶えない。
それまで罵声がなかったわけでもないようだが。
オレの所属は広報・広告課。
営業とも開発とも少し違って、広告の出稿やマスコミ向けのリリース作成、ホームページの管理、商品パッケージやカタログなどの販促物、什器作成などといった、広告・広報・デザイン関係を一手に請け負う部署である。
「申し訳ありません。実は、実家で大きなトラブルがありまして。大変恐縮ですが、本日午後は半休をいただけないでしょうか」
「ふざけんな脱落!」
バン!
左村本部長は即座に机を叩く。
とりあえず机を叩いてから怒る理由を考えているんじゃないかと疑いたくなる反応速度だ。
脱落というのはオレが探索者界隈では名の通った千川家の出身のくせに探索者資格も取得できず、探索者としてのキャリアを
自分で言ったわけではないので、どこからそんな話を聞きつけたのかは謎である。
「いまのウチの業績わかってんのか! おまえらのプロモーションのセンスが悪いから営業効率があがらねぇんだ! そのうえ、おまえのために他の連中の時間まで奪うつもりか! おまえみたいなのでも居なくなると待ちが生じるんだよ!」
罵声でなければ名調子。
板についた調子でがなり立てる左村本部長。
「申し訳ありません」
「さっさとデスクにもどれ! 他の連中の迷惑を考えろって言ってんだよ! 現場の苦労を! その程度のこともわからねぇならさっさと辞めちまえ! ここでも要らねぇよオマエなんか!」
「わかりました。辞めさせていただきます」
間髪入れずそう言った。
これが平常時であれば「まぁオレもまだまだ未熟だしな」と言い訳をして折れてしまったかも知れないが、今回は妹という大正義がある。
かわいい妹がダンジョンに迷い込んでいるのに、おっさんの機嫌を取ってデスクに張り付いている場合じゃねぇのである。
守るものがあると強い、または,大義名分があると強い。
オレの悪口を言っても構わないが◯◯を悪く言うな、の構えが自分を棚上げにできて強いのと同じである。
「おい! 今なんて言った!」
左村本部長は凶暴な亀のように顔を突き出したが、祖父の討伐に付き合わされた百年ものの魔素海亀などとは比べるべくもない。
「退職ということでお願いします。一応午後半休の申請書は出させていただきますので」
それだけいうとさっさと半休の申請書を出して記入する。
いつも思うがIT企業なのに紙ベースなのはどういうわけなのか。
「では、お願いします。急ぎますので退職願のほうはまた後日」
半休の申請書を左村本部長のデスクに乗せ、所属部署であるプロモーション課の小出課長に目を向けた。
「スマホの電源は入れておきますので、なにかありましたらメールでお願いします」
「電話されたらすぐに出るんだよ脱落!」
バァン!
今度はゴミ箱を持ち上げて床に叩きつける左村本部長。
成功体験があるというか、これをやっておけば周囲が震え上がってくれると思っているふしがある。
ちょうどうまい具合に近くに飛んできたので手を伸ばしてキャッチし、もう一度左村本部長のデスクの前まで歩いていく。
まっすぐ歩み寄っていったことで殴りかかられるとでも思ったのか、佐村本部長は顔を引きつらせたが、つまらない揉め事を起こすほど暇じゃない。
「お返ししますね」
左村本部長の椅子の横まで踏み込んでゴミ箱をセットする。
「一応、録音しておきましたので」
と告げて、オフィスを後にした。
次の更新予定
レベル0のすい―釣って暮らせる、大陸ダンジョン滞在記― 今 @imawano
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