【外伝】シルフドッグに導かれたセレナとの出会い

 ※51話終了後、グレッダ邸試練当日の夜

 グレッダとルキウスの飲みのシーンです



「そうか、そんなことになってたとは......

 すまんなグレッダ、感謝する」


 俺は立ち上がり、グレッダに対して深く頭を下げる。


 セレナとアミーカちゃんの対応をしてくれただけでなく、オーギュスト様まで引っ張り出してくれたこいつには、本当に感謝しかない。


「やめろやめろ、俺とお前の仲にそういうのはいらない。そう約束したろ」


「俺のことじゃなくてセレナのことだからな」

「それでもだ。お前の娘ならお前と同じに決まってる」


 本当にこいつは昔から変わらない。

 庶民だろうが認めたら対等に接してくる。

 くだらない権威だ派閥だに疲れていた、昔の王都時代、こいつの態度にはどれほど救われたことか。


「しかし俺に喰ってかかったあの爆発力は、台風娘を思い起こしたが、お前にも通じてたな。さすが二人の娘だ」


「拾い子だけどな」

「なにっ!?実の子じゃないのか?」


 ガタッ!

 グレッダは椅子を倒すほどの勢いで立ち上がり、驚愕の表情で俺を見る。



「あぁ......」


 俺はグラスの酒を見つめる。

 そうか、あれからもう十一年か。


「だからこそ、そうやって言ってもらえるのはすごく嬉しいんだ。俺達の愛情があいつにも伝わってるのを認めてもらえたみたいでな」




 セレナを拾ったのは十一年前の春先、マリエッタに薬剤指導をするために森に薬草採取に出かけた時のことだ。


 採取の指導中、背後に気配を感じたので振り返ると、少し離れたところにシルフドッグが佇んでいた。


「マリー、見てみろ。シルフドッグがいるぞ」


「あら、ほんと。ヴェルダでは魔物なんてほとんど見ないのに珍しいわね」


 俺達がいた......とは言ってもお互いいた時期は違うが、王都周辺では魔物もよく出ていた。

 おそらく王都に住むものなら一、二回は何かしらの魔物を見たことはあるだろう。


 ほとんどは騎士に退治されたものだけどな。



 シルフドッグは俺達を見ると踵を返して森の奥に引っ込む。

 かと思ったらすぐに立ち止まって、また俺達を見てきた。


「あれ、もしかして呼んでたりするか?」

「まさか、シルフドッグは臆病じゃない。人間を誘うなんてありえないわよ」

「それもそうか......」


 しかしシルフドッグはその後もそのあたりをウロウロしながら、時折俺達をうかがうように視線をこちらに向けてきた。


「やっぱりなんか呼んでるみたいだぞ?」

「そ、そうね。ちょっと行ってみる?」

「そうだな、さすがに気になる」


 俺は念の為に左手に氷の魔石を持ち、右手はいつでも剣を抜ける体制を維持しながらシルフドッグに近づいていった。


 俺達が近付くとシルフドッグは遠ざかるが、距離が空くとまた立ち止まる。

 もう疑いはなさそうだ。


「こんな話、街の連中に話しても誰も信じないだろうな」

「この先に何があるのかしらね?まさかお宝ってわけでもないでしょうし」


 薄暗い森を俺達は少しずつ奥へ奥へと入っていく。


 俺もこれほど奥に入ったことはない。

 もしもの時はマリーだけでも逃がせるよう時間を稼がないとな。


 春先だというのに、俺の頬を伝った汗はどこか冷たく感じた。


 そんな緊張の最中、


 ダッ!


 強い踏み込みの音を残して、シルフドッグは急に速度を上げて走り去ってしまった。


「お、おいっ!」


 声をかけるが、その時にはもう影も形もなかった。


「何だったんだ、いったい」


「ねぇ!ルキウス、あれ見て!!」


 マリーが急に大きな声を上げるので、指差す方を見てみる。


 とても大きな木の幹の側、草むらがまるで揺りかごのような形になり、産着だけを着た、とても小さな命がそこにはあった。


「赤ん坊だと!」


「大変!早く助けてあげなきゃ!!」


 飛び出していこうとするマリーの手を俺はしっかり握って止まらせた。


「ルキウス、何するの!早くしないと」


「マリー、いつもの慈善事業じゃないんだ。お前は人生をかけてあの命を守り、育てる覚悟はあるのか?」


 そう、俺とて助けてやりたくはある。

 だが今手を伸ばすということは、俺達はあの命に対して責任を持つということだ。


 拾って街に連れ帰り、孤児院に入れるならそれはそれでも構わないが、今は街の孤児院とてかなり手一杯だという話を聞いている。


 おそらく、あの子を受け入れる余裕はないだろう。


 だからこそ俺はマリーにその覚悟を確認したのだ。


 すると


 バシッ!


 と強く手を振り払われる。


「そこらの親だって覚悟して子どもなんて作ってないわよ!子どもが生まれて、少しずつ覚悟は出来てくものなの。あなたが反対するなら私一人で育てるからもういいわっ!!」


 いきなりの絶縁宣言!!


「い、いや、マリー、俺はそんなつもりで聞いたんじゃ......」


 俺の言葉を無視してマリーは一目散に赤ん坊の元へ走り、まずは体のあちこちを確認している。


 孤児院のボランティアに積極的に関わるマリーはこういったことは手慣れていた。


「大丈夫そうね。良かったわ......」


 そう言って赤ん坊を抱き上げた。

 まだ首も据わってない、生まれてからそれほど長い時は経ってなさそうだ。


「マリー、さっきは済まなかった。別に見捨てろと言いたかったわけではないんだ」


「ううん、私も気が動転してた。あなたの命に対する誠実な姿勢を忘れてたわ」


 そして赤ん坊を優しく見つめて


「でも、こうして拾い上げたからには私が親になるわ!」


 力強くそう宣言した。


 はぁ、見つけたときからこうなるのは分かってたんだがな。


「しかしこんな森の奥に子どもを捨てるとかどういうつもりなのかしら。よっぽど訳ありとか?」


「訳ありならここに連れてきてもう殺されてるさ。おそらく何かしら置いていかないといけない事情があったんだろう」


 俺は赤ん坊の頭を軽く撫でる。

 ふわっとなびく柔らかな髪の毛が心地良い。


「もしかしたら親が迎えに来るかもしれんが、ここに捨て置くわけにもいかんし、メモだけ残してうちに連れて帰ろう。」


 そう言って俺はカバンからノートを取り出し、事情と家の場所を書いたメモを赤ん坊のいた草むらに置き、風で飛ばないよう重石をのせた。


「これでひとまずはいいかな」


「あ、さっき体を見てて分かったけど、この子女の子みたい」


「そうか、じゃあ可愛らしい名前をつけてやらんとな。うーん......『セレナ』とかどうだ?たしか昔の言葉で『穏やか』って意味だ。生まれこそ大変だったが、穏やかに過ごして欲しいってことで」


 俺の提案をマリーは気に入ってくれたようだ。


「あら、いいわね。意味はともかく語感が気に入ったわ。じゃあとりあえずこの子は今日から『セレナ・シルヴァーノ』ね」


「そうだな。じゃあ今日はもう家に帰ってセレナを迎える準備をしてやろう」


「ええ!」




 こうしてセレナはうちの娘になり、その後親らしい者も現れることもなかった。

 あの不思議なシルフドッグの導きにより俺達は出会えたんだから、シルフドッグには感謝しないとな。


 うん?



「どうした、変な顔をして?」


 グレッダの問いかけに「いや、何でもない」と答えて、酒に口をつけた。



 まさかリオの親は、セレナへと導いてくれたあのシルフドッグだったのかもしれないな。

 そんな思いつきについ笑みがこぼれる。



「それで、お前伯爵になったら結婚するって言ってた相手とはどうなってるんだ?」


「それがな、聞いてくれよルキウス......」


 俺達の夜はまだまだ終わらない。

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2025年12月24日 00:00

【番外編】じゃじゃ馬セレナの不器用真っ直ぐ錬金術 八坂 葵 @aoi_yasaka_1021

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