【番外編】じゃじゃ馬セレナの不器用真っ直ぐ錬金術
八坂 葵
【番外編】セレナと澪、あったかもしれない出会い
「ユーミ、危ないっ!」
叫ぶより早く身体が動き、私はユーミを突き飛ばしていた。
暴れ馬の前脚が振り下ろされる。
大人たちが必死に抑えようとするけれど、間に合わない。
ボフッ!
お腹に鈍い衝撃が走る。
視界がぐにゃりと歪んで、音も光も消えた。
…レナ。......セレナ。
遠くで誰かが呼んでいた。
胸の奥がちくっとする、妙に懐かしい響き。
目を開けると、そこは真っ暗な空間。
その中央で、薄い光をまとう女性が浮かんでいた。
「……夢かな。もう寝よ。」
「やめて、寝ないで、セレナ!起きて!」
肩を揺らされ、私はしぶしぶ身体を起こす。
「なによう。眠いんだけど。」
「澪。私よ、澪。覚えてるでしょ?」
みお?知らない。寝よ。
「っ!......この小娘、大人をなめるんじゃなーい!」
両足を引っ張られ、ベッド(?)のようなところから放り投げられる。
「アタタタ...あれ?痛くないや。」
「私よ、桐生 澪。あなたが生まれる時に会ったのよ。思い出して。」
「きりゅー…あっ、澪だ!帰ってきたの?」
抱きつくと、澪はそっと目元をぬぐった。
「名字で思い出すって、ちょっと斬新すぎない?」
「澪、なんでここに?」
彼女の瞳がわずかに揺れる。
「…時間がないから結論から言うね。セレナに危険なことをさせちゃったの、私のせいなの。」
「澪の?」
「私、本当はあなたの魂の一部だったの。」
空気がひんやり震える。
「あなたとして生まれるはずだったのに、何かの拍子で魂の一部だけ別の世界に落ちた。そして“桐生 澪”として生きて……死んだ。」
「……魂の一部?」
「うん。死んだ後、戻ろうとしたんだけど、別世界に染まりすぎてて上手く戻れなかった。ずっと、あなたの中に空いた“欠け”だけが残ってた。」
澪はかすかに笑った。
「私もね、友達をかばって死んだの。亜美ちゃんって子でね。状況が似てたから……つい、また助けなきゃっ!て思っちゃったんだよね。」
胸がちくっと痛んだ。
この痛み、知ってる。私のじゃないのに、最初からあったみたいに馴染む。
「だから「また」って思ったんだ。」
澪がうなずく。
「その時に何故かセレナの魂が私の魂を受け入れてくれたの。」
澪はそう言って両手を合わせて頭を下げる。
「本当にごめんなさい。」
「ここからは私のお願い。セレナ、私の生きた記憶や知識、全てもらってくれないかな?」
澪はすごく真剣な眼差しで私に問いかけた
「すべてってどういうこと?」
「そのままよ。欠けた魂はあなたの元に戻ったから、後残るのはこの”桐生 澪”のすべて。」
自分の中に別の人を招き入れるとか怖いよね?
「もし、断ったら?」
「私は世界から消えるだけ。」
「受け入れたら?」
「セレナはセレナのまま。ただ、私の記憶や経験が重なる。少し賢くなるかもしれないね。」
「え!すっごくおトクじゃん!!」
「人のことをを特売品みたいに言わないで!」
苦笑したあと、澪の表情が引き締まる。
「私は短いとは言え、あの世界で精一杯生きてきた。だから別に消えても悔いはない。」
と、すごく悲しそうな、悔しそうな顔になる。
「でもさ、目の前に”私”を受け入れてくれる可能性を見つけちゃったら...未練が出ちゃったんだ。」
そう言った澪の目からは一筋の涙が流れる。
私の胸はきゅっと縮んだ。
「でもすべてはセレナ次第。あなたがどうしたいかで決めて。」
涙をたたえながら、澪は強く、ハッキリとした言葉で私に決断を迫る。
怖い。
でも――
胸の奥がじん、と熱くなる。
この感覚だけは、さっきまでの私のものじゃない。
ずっと昔からここにあった“空席”に、澪がぴったりはまるような感じがした。
失う方が、もっと怖い。
「……いなくならないで。澪……一緒にいてよ。」
澪の袖を掴み、私は泣きそうになりながら、それでもしっかりと澪の顔を見上げてそう願った。
初めて見た、澪の心から安堵したような、穏やかな笑顔。
「……ありがとう。」
次の瞬間、あたたかな光が胸へ流れ込み、澪の人生が一気に駆け抜けていく。
痛みも、笑いも、涙も、全部が混ざってひとつになった。
気づけば澪の姿はもう消えていた。
◆◇◆
光、天井...パパとママの泣きそうな顔。
私はゆっくりと目を開いた。
「セレナ…!」
呼ばれただけで胸がぎゅっと詰まり、私は二人に飛びついた。
「ごめん……パパ、ママ!」
「身体は?痛くないか?」とパパが震えた声で問う。
「うん、平気。どこも痛くないよ。」
胸の奥が熱い。
今までの私には感じられなかった。
これが新しい“わたし”の鼓動。
(……これから、どう生きていくんだろう、私)
五歳のセレナ。
短い人生を終えた澪。
どちらでもある「わたし」。
まだ答えはない。
でも、不思議と怖くなかった。
澪に胸を張れる生き方がしたい。
その小さな願いを抱きながら、私は静かに目を閉じた。
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