第3話 カマかけ
艶やかな
そう、フキである。
「
「はい。太夫の
廊下を駆け巡りながら、朝番の下女達に仕事を割り振る。支配見習いのフキの元には沢山の質問が飛んでいた。実は、裏方の仕事量は朝が最大なのである。
「旦那方の送り出しは終わりましたね、では我々も朝餉を摂りましょう」
給仕達に挨拶をし、朝餉の準備をする。下女達が揃うと、フキは
「私は洗濯場へ行ってから食べます。皆さんはお先に食べていてください」
「あぁ、“
前髪が長く、顔が見えにくい給仕女“
「ありがとうございます。では失礼します」
小夜が廊下に出たところで、足で
「やっぱり、フキさん凄いわよねぇ〜……」
「ありゃあ女将が手元に置きたがるわ……」
詰所では下女たちが口々にそんなことを話していた―――。
***
「すいませんね小夜さん。手伝って頂いて」
裏手の洗濯場に向かう途中、フキは洗濯籠を抱えながら小夜の方を見る。小夜は
「差し支えなければ、その前髪切って差し上げましょうか?腕には自信があるんですよ」
フキは試すように、手をちょきちょきしながら言った。その言葉に、小夜が首を向ける。前髪で隠れていたが、その目は確実にフキを睨んでいた。
「……そういえば最近、簪が消えた、なんて話がありましてね。何か知ってたりしますか?」
話題を変えよう、と、ふと思い出したような口調で言う。その言葉に小夜がピクリと反応した。
(やはり反応あり)
フキが面の下でニヤッと笑う。
そして次の瞬間、洗濯籠をわざと落とした。
「あぁっ!しまった……。泥だらけ……」
昨夜は雨が降っていた為に、洗濯場へ向かう途中の道は、泥でぬかるんでいた。
そんな所に洗濯物を落としたなんて知られたら、老女将になんて言われるか分からない。
「あぁ……洗わなきゃだ……。小夜さん、手伝って頂けます……?」
祈るように手を合わせ、上目遣いをする。小夜ははぁ、とため息を付き、洗濯物を入れる手伝いをしだした。
「これは……手伝ってくれると捉えますからね!」
フキは軽やかな足取りで洗濯場へと入っていった―――。
***
じゃぶじゃぶという水音が聞こえてくる。洗濯場には二人しか居ない。
フキ達は水を入れた木桶で
「へぇ、茶漬けが大好物と。美味しいですもんね」
基本的にはフキの一方通行な会話だが、それでも小夜は少しずつ心を開いているようだった。
フキは前掛けを絞りながら、話を戻す。
「それにしても、簪、どこ行ったんでしょうね〜」
「昨日から無いとか。何か知りません?」
フキが何食わぬ顔でそう言うと、小夜が珍しく返事を返した。
そして
「知らないわよ……どうせ太夫がどこかに落としたんでしょ」
(
フキはいきなり立ち上がると、指を加え、ピーっと口笛を吹いた。その音に、老女将と
フキは札付面の下でニヤリと口角を上げ、淡々とした口調で言った。
「小夜さん、私は“太夫”が失くした、だなんて一言も言っていませんよ」
「は」
「詳しいことは、太夫部屋で話しましょう。お手伝い、ありがとうございました」
「ちょ、ちょっと!!あんた騙したわね!?!」
ギャーギャーと暴れる小夜を、男衆が取り押さえる。老女将は頭に手を当て、信じられないといった様子だった。
事の始まりは、
***
「もう目星がついてんのかい。流石仕事が早いね」
がらんと空いた帳場。女将はそう言い、ふぅーっと葉巻を吹かした。フキは煙たがりながら咳き込む。そして椅子から立ち上がり、紙に何かを書き始めた。
「まず、詰所に戻ってきたのがこの四人です」
そこには何とも言えない似顔絵と、それぞれの名前,役職が書いてあった。
『ヤツメ 給仕』
『タマモ
『サヨ 給仕』
『ヘイゾウ 手代』
女将はそれをまじまじと見つめ、フキの方を見た。フキは頷き、一人の名前を指す。
「そして、この四人の内の1人だけが、何の用も無いのに詰所へ入りました」
「それが、この小夜という給仕です」
小夜と聞いた瞬間、女将が顔を上げる。そして何やらブツブツ言った後、頭を抱えだした。
「小夜……いや、そんな訳ないさ。あの子はこんなことをする子ではない」
「いや……でも、あの子の生い立ちなら―――」
女将はいつものキツい目つきではなく、どこか悲哀に満ちた顔をしていた。フキは何かを察し、女将の目を見る。
女将はいつもからは想像の出来ない震える声で言った。
「頼むフキ……。この子は、きっとこんなことをする子ではないんだ……」
「するとしたら、何か深い事情がある筈……。この子のことは、あたしがよく知っているんだよ……」
そんな女将に、フキが何かを耳打ちする。すると女将は安心したような顔をし、フキの手を握った。
「よろしく頼むよフキ。必ず、解決しておくれ」
「えぇ。全力を尽くします―――」
傘の子の妖楼奇譚―ある札付娘の事件帳― 町 玉緒 @Abc11
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