第2話 消えた簪
「えぇ。いい感じです。そこの
黄昏時、夕焼けが綺麗な茜色に染まる頃。例によって、フキはいつもよりも張り切っていた。
先日の心付け窃盗事件から約二ヶ月。山装うこの時期には、大切な行事が沢山詰まっている。
そして今日は、太夫・
下女や給仕達がパタパタと廊下を慌ただしく走る中、フキは細部まで細かく指示を出していた。
桜花の旦那は化け狐の里の長。とても潔癖で、せっかちなことで有名なのだ。
だからか、フキ達裏方はいつもの3倍の速度で掃除洗濯をしていた。
***
「フキ、ちょいといいかい」
フキがまだ新しい
フキは急いで立ち上がり、女将について行く。
「どうしました?」
返事は無い。そのままついて行くと、太夫・桜花の部屋の前へと着いた。
「桜花、私とフキだ。入るよ」
老女将がそっと
「あぁフキ……!来てくれたのね」
桜花太夫がフキの肩に手を添える。女将は静かに
「一体……どうされたんです?お二人がこんなに慌てることなんて、そうそうありませんよ」
鮮やかな赤の座布団を敷きながら話す。すると、桜花太夫は前屈みになり、神妙な面持ちで話し始めた。
「えぇ……実はね―――」
「―――えぇ!狐の旦那からもらった
「シッ!まったくあんたは!」
フキが思わず声を出す。それに反射して、女将がフキの頭を思いっきり叩いた。
どうやら、狐の旦那から貰った紅椿の
そしてその事は、太夫や
「あぁ……どうすればいいのかしら……」
よよよ、と手を目に当てる桜花太夫。その少しの所作でさえ美しいのだから、困ったものである。
流石は太夫、とフキは思う。
「落ち着きな。まだ時間はある。探せば間に合うさ」
女将は腰に手を当て、そこら中の
しかし、探しても探しても、お目当ての
「おかしいわ……
確かに、桜花太夫が頂いた簪を外に出すことはまず無い。それは紅蓮楼のルールでも決められていることである。
「フキさーん?何処にいるんですかー?禿達が待っていますよ〜」
「はぁ……行ってやんな。禿を育てるのも、あんたの大事な仕事だ」
「ありがとうございます。一応、外の方も探してみます」
そう言って
「あー!フキさん、そんな所にいたんですか!早くしないと禿達が寝ちゃいますよぅ」
「すみません、今行きます」
トタトタと廊下を走る中、フキは
***
「…〜はい、今日はここまで。では、自分の役目に戻ってください」
「はい!」
禿稽古が終わり、8歳程の禿達を帰らせる。ぽつんと一人残された部屋でフキは考えていた。
(“お成り”まで……、あと
そろそろ本腰を入れて探した方が良さそうだ、座布団から立ち上がる。そして
「フキ姉さん!これ!」
一人のおかっぱの
それは見覚えのある―――紅椿の
「……!これ……!どこにあったの!?」
思わず禿に詰め寄る。その禿“チヨ”は慌てた表情でドタドタと走り出した。
ついて行くと、下女や給仕,禿の世話係が控える、
(詰所……?何故こんな所に……?)
「この長机の上に置いてあったんです!」
禿達が山栗色の長机を指差す。そこはフキ達裏方の人間が食事や休憩を摂る所で、沢山の人が行き交う場となっている。
(これじゃ……誰がここに置いたか分からない……)
辺りを見渡す。しかし居るのは禿達とフキだけで、他の人間達は掃除に当たっているために見当たることは無かった。
(……とりあえず、今は
「ありがとうございます禿達。あと、このことは誰にも言わないで欲しいな」
面の下でにこりと笑う。しかし、禿達には伝わらなかったようだった。
その後禿達は了解の返事をし、それぞれの持ち場へと戻って行った。
一人を除いて。
「チヨ、貴女は太夫・桜花付きでしたね。この
「わ、分かりました!」
チヨは先程まで禿稽古を受けていた為、確実に白だろう。フキはチヨに簪を渡すと、詰所の裏口から廊下へ出た。そして、近くにあった掃除用具を取り、掃除をするふりをした。
その目線は、詰所の入口にある。
(疑いたくは無いが……もし
(きっと犯人は覚悟が無くて、わざと簪を人目に付く場所へ置いたんだ……。狐の旦那が来るまでに、桜花姉さんの元へ戻るように―――)
***
「フキ、桜花の
フキは面の奥で少し口角を上げ、どこか艶めいた声で言った。
「えぇ……そうですね。もし窃盗だとするならば……大体の目星は付きましたよ」
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