第9話 名前に追いつく
朝日がギルドの窓から差し込む。
最底辺パーティは、今日も依頼の集合場所に向かっていた。
「……今日の依頼は、少し厄介らしい」
盾役が呟く。
聞けば、森の奥深くに潜む魔物の巣穴を調査し、可能であれば排除する、というものだ。
危険度は中以上。
上位パーティでも慎重を要する内容だった。
女剣士が俺を見て小さく笑う。
「さて、英雄級の生存率の出番ね」
その言葉に、少しだけ胸が熱くなる。
皮肉でも、笑いでも、もう重荷ではない。
―――――
森の入り口に着くと、木々が生い茂り、視界が遮られる。
敵の気配はまだないが、音が不自然に止まっていた。
「……変だな」
魔術師が囁く。
俺は頷き、仲間に指示を出す。
「三手に分かれず、隊列はそのまま。
罠や待ち伏せの兆候があったら、即撤退」
皆が同意する。
言葉ではなく、行動で信頼が形作られる瞬間だった。
―――――
進むうちに、魔物が襲ってきた。
数は少ないが、俊敏で強力だ。
女剣士が斬りかかる。
盾役が防ぐ。
魔術師が魔法で足止め。
俺は戦わない。
前に出ない。
ただ、退路を確保し、仲間の位置を確認する。
「右に逃げ道、三秒後に合図」
合図とともに、女剣士と盾役が動く。
魔術師が魔法を放ち、魔物の注意を逸らす。
俺は、倒れた仲間を支え、進路を作る。
ひたすらに、全員の生存を最優先に動く。
―――――
戦闘が終わり、森を抜けたとき、全員無事だった。
息を整えながら、女剣士が言う。
「……あんた、やっぱりすごいわ」
魔術師も盾役も、同意する。
俺は、少し笑った。
「まだ名前には追いついていません」
「え?」
「“生存率だけは英雄級”
まだ俺自身は、名前に値する存在じゃない」
女剣士が肩を叩く。
「でも、今日のあんたは、名前に近づいたよ」
その言葉が、胸に沁みる。
―――――
帰還後、ギルドでは報告書がまとめられる。
「討伐成功。死亡者ゼロ。被害最小」
これまでとは少し違う、評価される報告だ。
新人や他の冒険者からも、静かに拍手があった。
俺は、そっと仲間を見渡す。
四人全員、生きて笑っている。
皮肉でも嘲笑でもない。
名前の意味を、少しだけ自分の力で示せた気がした。
―――――
夜、独りで剣を研ぎながら考える。
“名前に追いつく”――
それは、派手に倒すことじゃない。
倒すよりも大切なこと。
生かすこと。
守ること。
判断し、選び、導くこと。
少しずつ、名前の重さに近づいている。
今日の生還が、それを教えてくれた。
“生存率だけは英雄級”。
二つ名が、少しずつ、俺に追いついてくる。
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