第8話 強さとは何か
夜のギルドは、昼よりも静かだ。
酒場の喧騒が遠く、灯りだけが残る。
最底辺パーティの面々は、各々の席で疲れを癒していた。
今日は依頼がなかった。
それでも、皆どこか落ち着かない。
「……なあ」
盾役の青年が、珍しく口を開いた。
「俺さ、最近分からなくなってきた」
誰も急かさない。
彼は続ける。
「強くなるって、何だ?」
その問いは、俺自身に向けられている気がした。
―――――
少し前まで、答えは簡単だった。
敵を倒すこと。
勝ち続けること。
生き残るのは、その結果だと。
だが今は違う。
勝てなくても、生き残れる。
生き残るために、勝たない選択もある。
それは、弱さなのか。
―――――
翌日、俺は一人で訓練場にいた。
剣を握る。
振る。
やはり、重い。
汗をかき、息を切らし、
結局、前に出る技量は身につかない。
「……向いてないな」
誰に言うでもなく呟いた。
その時、背後から声がした。
「向いてないことを知ってる奴は、強い」
振り返ると、
以前話した回復術師の老人が立っていた。
「また“強さ”を考えてる顔だな」
図星だった。
「俺、強くないですよ」
老人は頷く。
「知ってる」
迷いのない返事。
「じゃあ、俺は――」
言葉が詰まる。
老人は、床に落ちている木剣を拾い、俺に渡した。
「これを振れ」
言われた通り振る。
遅い。
重い。
隙だらけ。
「敵なら、三回は死んでる」
そう言って、老人は木剣を返す。
「だがな」
老人は続けた。
「お前は、死ぬ前にやめる」
「……?」
「多くの奴は、死ぬまで続ける。
負けてるのに、前に出る」
その言葉が、胸に刺さる。
「お前は違う。
負けを認める強さがある」
負けを認める。
それは、弱さだと思っていた。
「……それは、逃げです」
「違う」
老人は首を振った。
「逃げは、責任放棄だ。
お前のは、責任を背負った撤退だ」
その違いは、大きい。
―――――
その夜、最底辺パーティで話し合った。
「俺たち、強くなりたいか?」
女剣士が聞く。
魔術師は首を傾げる。
「……死なないなら、いい」
盾役は少し考えて言った。
「守れるなら、十分だ」
全員の視線が、俺に集まる。
「俺は」
ゆっくり言葉を選ぶ。
「勝てなくてもいい。
でも、無責任にはならない」
沈黙。
それから、女剣士が笑った。
「それ、うちら向きだな」
―――――
強さとは、何か。
それは、前に出る力じゃない。
倒す力でもない。
選び続ける力だ。
行くか、引くか。
戦うか、やめるか。
誰を守るか。
その選択の重さに、
耐え続けられること。
俺はまだ弱い。
それは変わらない。
だが、弱さを理解したまま立ち続けることは、
きっと――強さだ。
“生存率だけは英雄級”。
その二つ名は、
もはや皮肉ではなかった。
少なくとも、
俺たちにとっては。
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