第7話 すごいの意味

「……なあ」


焚き火の前で、女剣士がぽつりと言った。

最底辺パーティを組んで、三つ目の依頼を終えた夜だった。


「正直に聞くけどさ。

 あんた、どこが“すごい”んだ?」


言葉は乱暴だが、からかいではなかった。

純粋な疑問だ。


魔術師も、盾役も、黙ってこちらを見る。


俺は少し考えた。


「……すごくないですよ」


そう答えると、女剣士は眉をひそめる。


「じゃあ、なんで生きてる?」


その問いに、答えはすぐ出なかった。


―――――


次の依頼は、予定外だった。


本来は別のパーティが受けるはずだった中危険度依頼。

上位冒険者のパーティが深手を負い、

急きょ“代替”として呼ばれた。


「お前らで大丈夫か?」


受付で、誰かが言った。

不安よりも、疑念の声。


「……撤退前提なら」


そう答えると、笑われた。


だが、行くしかない。


―――――


現場は、最悪だった。


地形は狭く、視界は悪い。

敵は強く、数も多い。


上位パーティの残した痕跡が、

無言で危険を訴えていた。


「……引き返そう」


俺が言った瞬間、

遠くで悲鳴が聞こえた。


生き残りだ。


判断は一瞬だった。


「行く。

 でも、戦わない」


女剣士が歯を食いしばる。


「……分かった」


―――――


戦場は、混乱していた。


倒れた冒険者。

必死に防ぐ盾。

無秩序な魔法。


俺は、全体を見た。


敵の動線。

味方の疲労。

崩れる前の“兆し”。


「今だ。右!」


叫ぶ。


最底辺パーティが動く。

無理はしない。

勝ちに行かない。


出口を作りに行く。


盾役が壁になる。

魔術師が視界を奪う。

女剣士が切り開く。


俺は、倒れた冒険者を引きずる。

一人、二人、三人。


途中で魔物が迫る。

だが、全滅は避けられる。


「撤退!」


叫ぶ。


誰も逆らわなかった。


―――――


結果、討伐は失敗。

だが、生還者は予想以上に多かった。


上位冒険者の一人が、

息も絶え絶えに言った。


「……助かった。

 あんた、すごいな」


その言葉に、周囲が静まる。


女剣士が、ぽつりと呟いた。


「……ああ。すごい」


俺は、戸惑った。


「何が、ですか?」


彼女は少し考え、答える。


「自分が目立たなくていいって、

 分かってるところ」


魔術師も頷く。


「誰も英雄にしないけど、

 誰も死なせない」


盾役は、短く言った。


「……それが一番、難しい」


その時、ようやく理解した。


“すごい”とは、

強いことじゃない。


前に立つことでも、

称えられることでもない。


全員が帰れる状況を作ること。


それが、俺のやっていることだ。


―――――


ギルドへ戻る途中、

女剣士が笑いながら言った。


「なあ。

 “生存率だけは英雄級”ってさ」


「はい」


「最初、バカにしてた」


正直だ。


「でも今は――

 それ、誇っていい」


俺は、少しだけ考えてから答えた。


「……まだ、慣れません」


女剣士は笑った。


「そのままでいいよ」


焚き火の火が、静かに揺れていた。


“すごい”の意味は、

もう他人が決めるものじゃない。


生きて帰る。

それを当たり前にする。


それが俺の“すごさ”だと、

ようやく胸を張れそうになっていた。

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