第二話 風呂のかき混ぜ棒にするのはやめたまえ
──骨董品屋の扉が勢いよく開いた。
ヒルデが息を切らせながら『魔剣ヴェルサレス』を抱えている。
「やぁ、ヒルデ。どうしたんじゃ?」
「マスター! こんな剣、返す!」
ヒルデは魔剣ヴェルサレスを店のカウンターに乱暴に置いた。
「ふぉふぉふぉ……やはり、じゃじゃ馬だったか」
「そんな『ひねくれ者』いらない! わたし、お店の準備してくる!」
ヒルデは駆け足で骨董品屋を出ていった。
「まったく、騒がしい子じゃの……」
店主は熱いコーヒーをカップに注ぎながら呟いた。
【全くだ……所詮あの様な小娘が我を使うなど、百年早かったという訳だ……】
「ほぅ、お前さんの声は初めて聞いたのぅ。どうした? ワシに話しかけるとは、どういう風の吹き回しかな?」
【別に深い意味などありはせん……さっさと我を所定の棚へ戻せ……】
熱いコーヒーを
「待ちなさい。あの子はきっと戻ってくるじゃろ……」
──15分後、店の扉が勢いよく開いた。
「マスター、ヴェルちゃんは?」
「ふぉっふぉっふぉ……ほらな。おかえりヒルデ」
「広場でお店開くから、ヴェルちゃんにも見せてあげる! どこ?」
「そこにおるぞ」
魔剣ヴェルサレスは店の壁に立てかけられていた。
「いたいた! あなた、こんど悪さしたら風呂のかき混ぜ棒にするからね!」
【……
「あれ? ヴェルちゃんに何か付いてる! マスター、これ何?」
ヒルデは聞いていなかった。
「それはな、ソードベルトじゃよ」
「そーど、べろろ?」
「ソードベルトじゃ。どれどれ、装着してやろう」
店主はゆっくりと腰掛けから立ち上がると、ヒルデにソードベルトを装着してやった。
ヒルデの背中にしっかりと『魔剣ヴェルサレス』が装備される。
「ほう、なかなか似合っておるぞ、ヒルデ」
「うわー、かっこいい!」
鏡の前でヒルデは嬉しそうに何度もジャンプする。
「それはワシからのプレゼントじゃ。誰も抜けなかった魔剣が抜けた記念じゃよ」
「わーい! ありがと! じゃ、行ってくるね! ばいばーい!」
ヒルデは骨董品屋を飛び出した。
──アルデリタ王国の広場には多くの出店が連なり、沢山の人達で賑わっている。
その中を
「いらっしゃーい! いらっしゃーい! 良い品が揃ってるよー!」
「やぁ、ヒルデちゃん! 『こうもりの羽』はあるかい?」
「沢山あるよ! ちょっと待って!」
ヒルデは行商車に積まれた、大きな瓶を持ち上げて男の人に見せる。
瓶の中には、大量の『こうもりの羽』が詰まっている。
「おおー! 凄いじゃないか! こんなに沢山!」
「えへへ! いっぱい採ったの!」
「じゃあそれ、二つ貰えるかな?」
「はーい、まいどあり!」
ヒルデは大きな瓶から商品を取り出して手渡す。
「ヒルデ、『オオイノシシの牙』が欲しいんだが」
「ヒルデ、『精霊のしっぽ』はあるかい?」
「ヒルデ、『癒しの葉』をくれるか」
たちまち、ヒルデの店の前には行列が出来た。
ヒルデは楽しそうに客と会話をしながら商品を次々に売り捌いている。
「おっ! ヒルデ、これは『雷鳥の卵』じゃないか! 一体どうやって手に入れたんだ!?」
「えへへ! いいでしょ! 雷鳥はね、一週間くらい卵が孵化しなかったら捨てていっちゃうの! だからね──
うんたらかんたら……
──いつの間にか、夕日が落ちかけていた。だんだん広場から人が減っていく。
「へっへー、大漁、大漁!」
ぱんぱんに膨らんだ巾着をぶら下げて、満足気な顔をしたヒルデが行商車を押し歩く。
「どうだった? ヴェルちゃん。これがアタシの職業だよ!」
【ふん……まぁ、それなりに繁盛している様だな……】
「でしょー! また、いっぱい素材を仕入れないと……」
【しかし、こんな事をしていて何になるというのだ? 】
「え? なにが?」
【ザコモンスターばかりを倒したところで……魔王軍の勢いは止まらんだろう……】
「そーいうのは、勇者様に任せとけばいーの!」
【何だと、他力本願な奴め……】
「たぬきほーがん?」
【……もう良い】
「明日は、また『スライムゼリー』を集めるからね! 頼んだよヴェルちゃん!」
【くっくっく……さあて……どうなるかな……】
「いうこと聞かなかったら、風呂のかき混ぜ棒だからね?」
【…………それだけは、やめたまえ】
ヒルデは楽しそうに鼻歌を口ずさみながら家路についた。
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