第一話 その呼び名をやめたまえ
「ルンルンッ! ルンタッ! ルンタ!」
軽快な鼻歌を歌いながら、ヒルデは街の中を駆け抜ける。
胸に抱えているのは『魔剣ヴェルサレス』である。
その長い刀身のせいで、鞘の先が地面に擦れてヒルデの歩いた軌跡をなぞる様に地面に線が引かれていく。
「あら? ヒルデちゃん、大きな剣ね!」
野菜屋のおばさんがヒルデに声を掛けた。
「うん! ヴェルちゃんって言うの!」
「あら、可愛い名前!」
「えへへ! ばいばーい!」
ヒルデは、おばさんに手を振ると再び駆け出した。
【おい、ヒルデよ……】
「どうしたの? ヴェルちゃん」
【何だ? そのヴェルちゃんとは……】
「あなたの名前だけど?」
【笑止! 我が名は『魔剣ヴェルサレス』であるぞ】
「そんな舌を噛みそうな名前でいちいち呼べないでしょ! だからベルちゃん!」
【くっ……貴様、我を愚弄しておるのか? 】
「ぐろう? ぐろうってなに?」
【……もう良い。ヒルデよ、一体どこへ向かっておる? 】
「森よ! 早速あなたの斬れ味を試すの!」
──「着いた! 『ミルデンの森』」
ヒルデは街から少し外れた森へ到着した。
『ミルデンの森』は、凶暴なモンスターこそ出現しないものの、古くからスライムの生息地として有名である。
「ここにはね、青や緑のスライムがいっぱい出るんだよ。青いのが1番弱っちくて、緑のがちょっと強いの」
【ほぅ……そいつらを斬ると言うのか? 】
「そうだよ! スライムを倒すと『スライムゼリー』が採れるからね! 沢山集めてそれを
【売る? ……売るだと? ヒルデよ。貴様の職業は何だ? 】
「職業?
【しまった……冒険者でも無かったのか……】
「え? なに?」
【気にするな……こちらの話だ】
「あっ、見て! 早速いたよ! 青スライム!」
木の影から青スライムが飛び出した。
「やっつけるよ! ヴェルちゃん!」
「……………………」
しかし、魔剣ヴェルサレスは鞘から抜けなかった。
「おーい! 何してんのヴェルちゃん!」
【待て……ヒルデよ。あのスライムという者は見るからにザコモンスターではないか? 】
「ザコでも良いの! 『スライムゼリー』が必要だって言ったでしょ!」
「ほら、早く抜けなさいよ!」
【……駄目だ。我が力を使うに値せん】
「ええっ!?」
【あの様な弱きモンスターを斬るなど、我がプライドが許さん】
「何それ! ふつう剣がプライドとか言わないでしょっ!」
ヒルデは両足の裏で魔剣ヴェルサレスの鞘をがっしりと挟み、両手で柄を持って無理矢理引き抜こうとする。
「ぐぅぅぅ………」
【……………………】
それでも魔剣は抜けません。
「んもう!」
ヒルデは、腰袋から小さなハンマーを取り出して青スライムを引っ叩いた。
青スライムは光の粒となって消滅する。
空中から『スライムゼリー』の小袋が出現し、地面にポトリと落ちた。
「もうっ! 結局スライムハンマーで倒しちゃったじゃないのよ!」
【……ご苦労であった】
「なにがご苦労だよ! このなまくら!」
【なまくら? 貴様。今、我を愚弄したな? 】
「だから、ぐろうって何なの!」
ヒルデと魔剣ヴェルサレスが口論していると、茂みの影から再びスライムが現れた。
「ほら、また出たよ! スラ……あ、あれは!!」
そのスライムは青でも緑もなく、赤い色をしている。
「わー、赤スライム! ヴェルちゃん! あれはレアなスライムだよ。さっきのスライムとは違うからね! 倒したら『スライムゼリー』がいっぱい採れるの!」
ヒルデは再び魔剣ヴェルサレスの柄を握り、右手に力を込める。
「今度こそお願いね! ヴェルちゃん!」
「………………」
【………………】
「………………ヴェルちゃん、おねがい」
【………………】
「こらぁ!」
ヒルデは草っぱらに魔剣を投げつけた。
「何してんの!」
【色が違えど、スライムはスライムであろう……】
「頭固いな!」
仕方なく、ヒルデはまたスライムハンマーを握る。
「こうなったら……これで倒せるかわからないけど……やるしかないよね……」
ヒルデと赤スライムはじっと睨み合う。
──その時、突然『魔剣ヴェルサレス』の鞘に付いた宝石がキラリと光り、紫色の光が辺り一面に放出された。
「え? な、何……?」
【ジャッジメント・ウェポン! 】
ヒルデの持つ、スライムハンマーが砂の粒となって風と共に消え去った。
「はぁ!?」
【この世に……我以外の武器など不要。我が究極魔法ジャッジメント・ウェポンの前では、どんな武器でも砂と消え去る……】
「な、なんだこいつー!」
唖然とするヒルデの顔を目掛け、赤スライムが体当たりを繰り出した。
「ぎゃう!」
ヒルデは後方にでんぐり返る。
赤スライムは次の攻撃を仕掛けようと、その場でピョンピョンとバウンドしながら体をプルプルと震わせている。
「………………」
ヒルデは『魔剣ヴェルサレス』を抱えると、一目散にその場から逃げ出した。
【逃げるとは情けない……】
「うるさい! あなたなんか、骨董品屋さんに突き返してやる!」
ヒルデは涙目になりながら骨董品屋へ走った。
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