行商人ヒルデと魔剣ヴェルサレス

鳥部 本太郎

序章 行商人ヒルデと魔剣ヴェルサレス

「ついに見つけた……これが、魔剣ヴェルサレス……」


 魔王城の地下に眠る宝物庫にて、勇者ソランはついに伝説の剣を発見した。


 ソランはおもむろに『魔剣ヴェルサレス』を持ち上げる。

 漆黒のさやに収まったその剣は、言葉では言い表せない、何か不気味な空気を漂わせていた。


 ソランは剣のつかを握り、力強く鞘から剣を抜く……いや、抜こうと試みる。


「フン!」


「ぐうううう!」


「うおおおおお!」


「くそっ! 駄目か!」


 剣は、どうやっても鞘から抜けなかった。

仕方なく、ソランは王国に剣を持ち帰る事にした。


 ──行商人が行き交うみやこ、アルデリタ王国。その中心には、アルデリタ城が優雅にそびえ立っている。


 城内の王室で、勇者ソランは片膝を付いてローエン王へ忠誠心を示している。


 ソランの前方に置かれているのは、『魔剣ヴェルサレス』だ。


「おお……勇者ソランよ。それがあの伝説の魔剣ヴェルサレスであるか?」


「いかにも……こちらが魔王城の宝物庫から持ち帰った『魔剣ヴェルサレス』で御座います』


「なんという禍々まがまがしいオーラだ……。ソランよ、その剣を抜いて見せよ」


「…………」


「ん? ソランよ、その剣を鞘から抜いて見せよ」


「………ローエン王、大変申し上げ難いのですが、私ではこの剣を鞘から抜くことが出来ません」


「な……なんだと?」


「恐らくですが……選ばれし者にしか抜けぬ代物だと思われます」


「なんと……それでは、勇者であるそなたも『選ばれし者』では無いと申すか?」


「左様で御座います……恐れながら申し上げます。この剣を持つに相応しい人物、つまり『選ばれし者』は……アッシュ王子かと」


「アッシュだと!? 私のせがれ、アッシュが『選ばれし者』と申すか!?」


「はい、仰る通りです」


 ローエン王の横で、ガダン大臣が狼狽うろたえる。


「し、しかし勇者ソランよ……、アッシュ王子はまだ十五の歳を迎えたばかりであるぞ? 時期尚早ではなかろうか?」


「ガダン大臣。お言葉ですが、魔王軍の事をお考えください。数十年前に魔王を葬っても尚、今ではその子孫が魔王の座を継承しています。奴らは、世代交代をしながら魔王軍を存続させているではありませんか」


「うむ……たしかに」


「我々も世代交代の時が来たのでは無いでしょうか? 魔剣ヴェルサレスは、まるでその事を暗示しているかの様に思えてなりません」


 ローエン王は長考ちょうこうしたのち、大臣へ命令した。


「ガダン、アッシュをここへ呼びたまえ……」


 ──ローエン王、ガダン大臣、勇者ソランが見守る中、アッシュ王子は魔剣ヴェルサレスを手に取った。



「父上! いざ、この魔剣を抜いて見せましょう」


「よろしい、アッシュよ……今こそ、試される時である! さぁ、その有志を見せよ!」



 一同は固唾かたずを飲んでアッシュ王子を見つめている。


「いざ抜かん! 魔剣ヴェルサレス!」


「………………ふん!」


「…………ぐぅ! ぐぐぐぅ!」


「ふぅ……。なるほど、なかなか手強い様だ。では改めて、いざ抜かん! 魔剣ヴェルサレス!」


「ぐおおおおおおおおおおお…………!」


 一向に剣が鞘から抜ける気配は無い。


 心配そうに大臣が声を掛ける。

「アッシュ王子、顔が真っ赤で御座います!」


「案ずるなガダン! 顔など赤くはない!」


堪らず、ローエン王が叫ぶ。

「アッシュよ! もう止せ! 血管が切れてしまうぞ!」


「お黙り下さい、父上! 血管など、切れはしない!」


 アッシュは更に力を込める。

しかし、剣が抜ける様子は無かった。


「ガダン! 何か布の様な物は無いか? つかに巻ける様な布だ! 手汗で滑るから抜けぬのだ! 早く持ってまいれ!」


 アッシュが布を要求したその時、魔剣ヴェルサレスから不気味な声が響いた。


【クックックッ……無駄だ。我を鞘から引き抜こうなど……百年早いわ】


 アッシュは驚愕する。

「な、なにぃ! この剣、今言葉を喋ったぞ!」


 勇者ソランも震える様な声を漏らす。

「馬鹿な……つるぎに意志が宿るなど……ありえない事だ……」


 ──それから時は流れ、いつしか魔剣ヴェルサレスはアルデリタ王国の骨董品屋に並べられる様になっていた。


 貼られた値札には『2000万ゴールド』と記されている。

※この価格は、一つの国を築けるほどの大金である。


 魔剣ヴェルサレスの噂は瞬く間に世間に広がり、その骨董品屋には自らを『選ばれし者』と豪語する強者つわものが頻繁に剣を抜きにやって来るようになった。


「俺にその魔剣を抜かせてくれ! この為に鍛錬を積んできたんだ!」


【愚か者が……少し鍛錬を積んだだけの若造に私が抜かれる訳がないだろう……】


 ──いつしか、値札は『1000万ゴールド』に書き換えられた。

※この価格は、不自由なく生涯を過ごせるほどの大金である。


「くっくっくっ、力で抜こうなど浅はかなのだ。我が魔力でその魔剣を引き抜いて見せましょう!」


【魔道を極めし者か……貴様が我を抜いたところで、その力を引き出せるとは到底思わぬ……出直すが良い……】


 ──値札は『500万ゴールド』に書き換えられた。

※この価格は、家が一軒立つほどの金額である。


「これが魔剣かぁ! どんな封印も破ってきたお宝ハンターの俺様に抜かせてみなぁ!」


【盗賊だと? 所詮は我を金稼ぎに利用するつもりであろう……貴様如きに抜かれる剣ではないわ……】


 ──値札は『20万ゴールド』に書き換えられた。

※この価格は、馬が一頭買える程の金額である。


「ワシも抜いてみていいかのう……」


【こやつ……老人ではないか。 何故抜けると思ったのだ? 片腹痛いわ……】


 ──それから、二年の月日が流れた。


「まけん……べろ……されす?」

 十歳くらいの少女が、魔剣ヴェルサレスを見上げて呟く。


「『魔剣ヴェルサレス』じゃよ、その剣はやめておけヒルデ。絶対に抜けない剣じゃ」

店主が少女に忠告した。


「でも、マスター。この剣、とても立派に見えるけど……本当に10ゴールドなの?」


※この価格は、少しだけ効果の高い薬草を買える程の金額である。


「ふん、抜けぬ剣などただの棒じゃよ。10ゴールドでも買い手がつかん」


「ふーん、抜けないのか。じゃあ要らないや」


 ヒルデが立ち去ろうとしたその時──魔剣から声が響いた。


【待つのだ……少女よ……】


「え? マスター、今何か言った?」


「ん? 何も言うとらんぞ?」


【我の名は、魔剣ヴェルサレス……】


「あ、あの剣? ねぇ、剣が喋った!」

 ヒルデは慌てて店主に伝える。


「あぁ、剣を抜こうとした連中も同じ様なことを言っておったわ。ワシには聞こえんがね……」


【少女ヒルデよ。我を鞘から抜いみるがよい……】


「え!? ヒルデって名前呼んでる! アタシのこと知ってるの!?」


「いや、今ワシがヒルデをそう呼んだからでは無いか? 聞いておったんじゃろ」


「そっか。でも、どうせアタシじゃ抜けないよね」


「ああ、その剣は抜けんよ。諦めなさいヒルデ」


「はーい」


【待て……ヒルデ。『ものは試し』と言うだろう? 一回だけで良いから試してみるがいい……】


「試してみろって言ってるよ」


「わっはっは! 今まで強者達が何度試みたと思うておる……その剣を抜ける者など──「抜けた!」


「なに!?」

店主は驚愕した。


 ヒルデは鞘から剣を引き抜いていた。

綺麗な銀色の刃がキラリと輝いている。


「な、何故抜けたのじゃ?」


「え? 知らないよ……」


 店主は考え込む。


「恐らく……妥協したんじゃろう。ここ一年程、誰も抜きに来なくなっておったからの……」


「だきょう?」


「あぁ、もうこの子でいいや、と言う事じゃろうな」


【決して妥協ではない、利害が一致しただけだ……】


「妥協じゃないって言ってるよ」


「あぁ、強がりじゃろ。ヒルデ、その剣を買うんじゃな?」


「うん、10ゴールドだよね」


 ヒルデはぶら下げた巾着から銅の硬貨を取り出し、店主に手渡した。


「確かに受け取ったぞ。今日からその剣はお前さんの物じゃ!」


「やった! 丁度スライムハンマーが古くなって困ってたの!」


 ヒルデは嬉しそうに胸に剣を抱えて骨董品屋を飛び出した。


【おい貴様……ソードベルトも持っておらんのか? 】


「そーど、べろろ?」


【ソードベルトだ……我を鞘ごと吊るして身に付ける器具の事だ……】


「うん、ない! だから手で持っててあげる!」


【……片腹痛いわ】


「え? お腹痛いの? 大丈夫?」


【…………】


 こうして、行商人ヒルデと魔剣ヴェルサレスの奇妙な物語が始まった。

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