西中卓球部(中学の卓球)仮称
三ノ路王
第1話 プロローグ1 希望に満ちた入部
T県神丘町にあるアミューズメント施設、JPランド。
休日の夕方、ゲームセンターのざわめきに混じって、卓球台の一角だけは真剣勝負の緊張感が漂っていた。
白いプラスチックボールが、台の上を鋭い音を立てて駆け抜ける。
――カンッ!
台に弾んだ瞬間、まるで金属を打ち抜いたかのような鋭音が響いた。反射神経を試す苛烈なスピード。ほんの一瞬でも集中を欠けば、ラケットに当てることさえ許されない。
「うおっ……!」
汗を拭いながら、父が必死にラケットを差し出す。
対するは、小学校6年生の天城(あまぎ)大樹(ひろき)。まだ幼さの残る顔に、負けん気の強い眼差しを宿し、息を切らしながらも果敢に立ち向かっていた。
「あとちょっと! あと一球で決める!」
小学校のクラブ活動で卓球を覚えた彼は、今日初めて父と卓球をしていた。
「今だ!」
床を右足で強く蹴り、左足を踏み込み――全身の力を乗せてスイングする。
打ち出された白球は、高速回転をまといながら鋭い弧を描き、一直線に父のコートへ突き刺さった。
――バシィッ!
父のラケットは空を切り、ボールはそのまま後方の壁に突き刺さった。
「よっしゃぁぁぁっ!!! 勝ったぁぁぁぁ!」
全身を駆け抜ける衝撃。打球の感触と同時に、胸の奥からこみ上げてくるのは言葉にならない喜びだった。
思わず大樹はラケットを掲げ、勝利の叫びをあげる。
「ははは……いや、強いな。お父さん、やられたよ」
どこか嬉しそうに父が笑う。
ついに越えられた。
勉強も、力比べも、何をしても敵わなかった父に――卓球で初めて勝てたのだ。
「もう俺は、父さんには負けない!」
胸を張り、勝ち誇ったように言い放つ。お調子者の彼らしい、大げさな言葉。だがその笑顔には、確かな自信と未来への光が宿っていた。
(大人に勝てたんだ。だったら、俺だって――)
汗で濡れたシャツを気にもせず、大樹は心の中で強く決意する。
中学に入ったら、絶対に卓球部に入ろう。そして、もっともっと強くなるんだ。
父との真剣勝負の末につかんだこの瞬間は、少年の未来を変える小さな勝利だった。
台の上で弾んだ白球の音が、いつまでも耳に残っていた。
西中学校――市の西側に位置するその中学校は、古くから「卓球の西中」と呼ばれてきた。中体連県東部地区大会で連続優勝を誇り、数多のライバル校から恐れられる地区屈指の強豪だ。
春。新しい制服に袖を通したばかりの一年生たちが、それぞれの小学校区から集まり、期待と不安を胸に学校生活の幕を開ける季節。
部活動を決める時、天城大樹はほとんど迷わなかった。
小学生の頃、学校のクラブ活動でラケットを握ったことはあった。だが、それはあくまで遊び程度であり、本格的に打ち込んだ経験はない。それでも、父と本気で打ち合い、初めて勝利を収めたあの日から、心の奥底に芽生えていた思いがあった。 ――「もっと強くなりたい」「挑戦してみたい」。
その気持ちは自然と彼を卓球部の扉へと導いていた。
――入部の日。
体育館の片隅。緑色のマットの上に、いくつもの卓球台が整然と並び、独特の緊張感が漂っていた。
キャプテンの挨拶が終わると同時に、いよいよ本格的に部活が始まる合図が告げられる。
「まずは、自己紹介をしてもらう」
キャプテンの一言で、一年生九名が整列した。まだ肩に力が入ったぎこちない姿勢、真新しいジャージ、そして顔には初々しい緊張が浮かんでいる。順番に名前と出身小学校を告げる声が響くたび、体育館の空気は少しずつ熱を帯びていった。
「天城大樹です。日出小学校から来ました。強くなりたいです!」
大樹の声は大きく、どこか無鉄砲な勢いに満ちていた。
その言葉に、同じ一年生の中から小さなざわめきが漏れる。「強くなりたい」――その直球の宣言が、まだ手探りの彼らにはまぶしく映ったのだろう。
「俺は 山田 丸夫 誰よりも強くなる男です、先輩たちも覚悟しておいて下さい」
笑いが起きる。
「お、言うね」
誰かがそう言って、場が和んだ。
自己紹介は、そのまま流れるように続いた。
「よろしくお願いします」
「頑張ります」
短い声が、次々と重なっていく。
「……松本、栄です」
低い声だった。
その瞬間、空気が変わる。
「小学校までは、ソフトテニスをやってました。
県で、少しだけ」
一拍。
「え……?」
天城のすぐ後ろから、ひそひそと声が漏れた。
「……あの、ソフトテニスの松本栄?」
別の誰かが、息を詰める。
「マジかよ……」
松本は、何も反応しない。
視線を落としたまま、拳を握っている。
キャプテンが、松本をじっと見た。
その目が、ほんの一瞬だけ鋭くなる。
「……以上だな」
自己紹介は、そこで終わった。
天城の胸に、
大きな声で笑っていた山田と、
ざわめきの中心にいながら、微動だにしなかった松本の姿が、はっきりと焼きついた。
9名が自己紹介を終えたころ……
「おい」
低い声が空気を切り裂いた。
ふいに、一人の上級生が前に歩み出てきたのだ。
「俺は二年の武留田だ。お前らの教育係でもある。しっかり俺の言うことを聞けよ」
腕を組み、鋭い目つきで一年生を睨みつけるように言い放つ。
小柄な体格にもかかわらず、全身から放たれる圧は、経験の浅い新入部員たちを一瞬で固まらせた。列の端では、小声で「こわ……」とつぶやく者もいたほどだ。
大樹は無意識に背筋を伸ばした。心臓がドクンと高鳴る。
(こいつが……先輩か)
しかし、この時の一年生たちはまだ知らなかった。目の前の男が、二年生の中で最も実力の低い選手であるということを。だが威圧的な態度と声色だけで、彼らの心には「逆らえない相手」という印象が刻まれてしまった。
「しばらくは、この二年生が君たちの指導を担当する。先輩の言うことをしっかりと聞くように」
キャプテンの淡々とした声が体育館に響く。
「はいっ!」
一年生全員が声を揃えて答えた。
その声はどこか震えていたが、体育館の壁に反射して力強く響き渡った。
この瞬間から、西中卓球部での三年間が始まった。
希望と不安が入り混じる青春の日々。その中で、勝利への情熱が試練にさらされ、友情が芽生え、時に衝突しながらも互いを高め合う物語が紡がれていく。
大樹は胸の奥で強く思う。
(負けない。ここから、俺は絶対に強くなってやる)
新しい仲間たちの声が重なり、体育館に響くラケットの軽快な音が、彼らの未来を照らす序章となった。
こうして、西中卓球部の物語が、静かに、確かに幕を開けたのだった。
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