風船手紙

@Saitou_sou

風船手紙

 飯塚は定年まであと三年。地方の小さな玩具メーカーに籍を置く嘱託研究員にすぎない。

 その飯塚が偶然の産物とはいえ、あまりにも画期的な発明をしてしまったことに、恐れを抱き始めた。

 この発明が世に出たら、業界は再編を迫られ、多くの職場が消える。倒産する企業や社員たちのことを思うと、心が痛む。路頭に迷う家族たちの泣き声が胸の奥まで響く。

 会社に報告すれば、発明は没収される。黙っていれば、研究者としての自分が死ぬ。

 科学は人を救う。だが同時に、人の生活を壊す。飯塚はその両方を、長い研究生活で嫌というほど見てきた。


 飯塚は科学の力を信じている。

 いまは使いこなせなくても、いつかこの発明が、人類を救うカギとなるかもしれない。玩具として開発された素材は、やがて物流や衣服の在り方さえ変えるだろう。その先に、軍が目を向ける未来も、飯塚には容易に想像できた。

 飯塚は悩んだ。悩みに悩んだあげく、この発明を手紙にまとめて、風船につけて飛ばすことにした。

 運が良ければ、どこかの誰かが風船についた手紙を拾い、日本の僻地で大発明をした老人がいたことを知ってくれるだろう。

 誰からも称賛されない発明は、少し寂しい気持ちもある。それでも、飯塚は画期的な発明を、大空へと飛び立たせた。

 さようなら。私の研究成果よ。老人はそうつぶやきながら、遠ざかる風船を見送った。

 

 ある日、遠い国の少女が、庭木に赤い風船が引っかかっていることに気がついた。風船についている英語の手紙を開き、少女は飛び上がらんばかりに驚いた。

「この手紙は百年前の日本人からだわ。1世紀を超えて飛び続ける風船を作るなんて、なんてすごい発明なの!」

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