転生失敗から入れる保険があるって本当ですか？

佐藤ひなは、神界の中でも少し落ち着いた空間に通されていた。

　白を基調とした室内は広く、整然としている。

長机が並び、壁一面には書類棚――いや、正確には書類の山が天井近くまで積み上げられていた。

「……ここ、役所ですよね」

「人間の世界ではそう言うかもしれません。

この世界では、転生管理局といいます。そしてこの場所は、第三区画、説明用会議室です」

　淡々とした声で答えたのは、ひなの正面に立つ神だった。

　無駄のない装い。感情の起伏がほとんど見えない表情。

　いかにも“事務”という雰囲気を纏っている。

「あの」

　ひなは、ふと気になって声をかけた。

「さっきから案内してくれてますけど……お名前、聞いてませんでした」

　神は一瞬だけ瞬きをし、それから小さく頷いた。

「失礼しました」

　そして、はっきりと名乗る。

「私は、管理神シオリと申します」

「……シオリさん」

「はい。転生管理局所属、手続きおよび記録管理を担当しています」

　あまりにも事務的で、逆に覚えやすい。

「神様にも、名刺とかあるんですか？」

「必要に応じて」

「必要に応じて……」

　深く突っ込むのはやめておいた。

「では、改めて説明に入ります」

　シオリが指を鳴らすと、天井から光のホログラムが降りてくる。

《転生保険 種別一覧（一部）》

「……“一部”？」

　ひなが思わず聞き返す。

「現在、正式に登録されている転生保険は、二百三十七種あります」

「多すぎません！？」

　即座にツッコミが飛んだ。

「そんなに人生の選択肢、必要ですか！？」

「人間の生き方は多様ですから」

　シオリは、まったく動じない。

「多様にしても限度ってものが……」

「では、大分類から説明します」

　話を切り替えるのが、やたらと早い。

《王道系転生保険》

《現実延長系転生保険》

《役割特化系転生保険》

《非人型転生保険》

《試験的・特殊転生保険》

「最後、嫌な響きしかしないんですけど」

「試験運用中です」

「余計に怖いです！」

　シオリは、まず王道系を拡大した。

「異世界無双保険、スローライフ保険、悪役令嬢保険、生産職特化保険……」

「待ってください」

　ひなが手を挙げる。

「勇者固定ルート保険、って何ですか」

「必ず勇者になります」

「自由度、どこに行きました？」

「需要はあります」

「誰の！？」

「生前、選ばれなかった方々です」

　言い切られて、言葉に詰まった。

　次に表示されたのは、現実延長系。

「現代やり直し保険、別業種転生保険、昭和再スタート保険、世界線微調整保険……」

「昭和……？」

「高度経済成長期が人気です」

「時代まで選べるんですね……」

　役割特化系に切り替わる。

《悲劇的英雄保険》

《世界修復要員保険》

《観測者・案内人保険》

《モブ人生保険》

「モブ人生保険！？」

「物語への関与を最小限に抑えます」

「それ、人生ですか？」

「はい」

　即答だった。

　ひなは、思わず椅子にもたれかかった。

「……これ、全部“生き方”なんですよね」

「はい」

「選ばなかった人生が、こんなに並ぶと……ちょっと、しんどいです」

　シオリは、わずかに視線を落とした。

「転生失敗者の方は、そう感じることが多いですね」

「やっぱり、そうなんですね」

「本来、選択は無意識下で行われます」

　だから比べない。

　だから迷わない。

「でも私は……全部、見えてしまっている」

　ひなは、ホログラムを見つめながら呟いた。

「楽そうなのも、辛そうなのも……逃げみたいなのも」

「それが、再選択の代償です」

　淡々とした声だったが、突き放す響きはなかった。

「……一つ、聞いてもいいですか」

「どうぞ」

「私が“間違えられた理由”、分かってるんですか」

「はい」

　シオリは、迷いなく答えた。

「あなたは、加入条件の“境界線上”にいました」

「境界線？」

「限界まで働き、限界まで我慢し、限界まで正常だった」

「……それ、褒めてます？」

「事実です」

　胸に、静かに刺さる言葉だった。

「だから処理が遅れ、別の魂と重なった」

「運が悪かった、ってことですね」

「そうなります」

　しばらく沈黙が落ちた。

「……でも」

　ひなは、顔を上げた。

「せっかく見せてもらえるなら」

　シオリを見る。

「ちゃんと、知りたいです」

「すべて、ですか」

「中途半端に選びたくない」

　逃げでも、妥協でもなく。

「“納得できる人生”を選びたい」

　シオリは、ほんの一瞬だけ目を細めた。

「承知しました」

　そして、静かに告げる。

「では次回から、各転生保険を一つずつ、詳しく説明します」

「……長くなりそうですね」

「ええ」

　シオリは、記録端末を操作しながら言った。

「あなたが納得するまで、終わりません」

　その言葉に、ひなは少しだけ笑った。

　こうして佐藤ひなは、

　名も知らなかった管理神シオリと共に、

　二百三十七通りの人生候補を前に、

　本気で悩む時間へと踏み出したのだった。