No.1 転生失敗者、保険窓口に回される

佐藤ひなは、人生で一番意味の分からない列に並ばされていた。


場所は白一色の広間。

天井はやけに高く、奥行きは無駄に広い。

床は磨き上げられ、足音がやたらと反響する。

役所だ。どう見ても役所の空気だった。

違う点があるとすれば、並んでいるのが死んだ人間ではなく――神様だということくらいだ。


「……ちょっと待ってください」


ひなは、手に持たされた番号札を見下ろした。


《転生失敗者 再手続き番号:007》


「失敗者って、そんなに堂々と書きます?」


「正式な分類ですので」


隣に立つ神――転生管理局の職員らしい――は、

申し訳なさそうな顔すらせずに言った。


「佐藤ひなさんは、転生処理対象外だったにもかかわらず、誤って回収されました。そのため――」


「そのため?」


「通常の転生ルートが使えません」


「……そこ、そんなに軽く言うところじゃないですよね?」


生前、理不尽な説明を散々受けてきたが、死後まで同じ目に遭うとは思わなかった。


「一応、こちらの過失ですので」


「一応って何ですか」


「再手続きの権利を付与しております」


「権利より先に謝罪じゃないですか!?」


声を荒げると、周囲の神様たちが一斉にこちらを向いた。

「お、クレームだ」


「また転生失敗?」


「最近多いよね」


「最近多いとか言わないでください!」


ひなは思わずツッコミを入れた。

職員の神は咳払いを一つし、空中に光のスクリーンを出現させた。


《転生保険制度 概要》


「人間の魂は、死後、いずれかの転生保険に基づいて次の人生へ送られます」


「……保険」


嫌な予感しかしない単語だった。

「基本プラン、オプション、免責事項――」


「ちょっと待ってください。

保険って、あの保険ですか?

文字が小さくて、読まないと損するやつ」


「はい」


「死んでもなお、保険……」


 思わず天井を見上げる。


私は一体、どれだけ事務的な世界に縛られる人生なんだろう。


「ですが、あなたは例外です」


 スクリーンの文字が切り替わる。


《転生失敗者:未加入・誤回収》


「ひどくないですか、この分類」


「事実ですので」


淡々と言われると、逆に反論する気力が削がれる。


「そのため、特例として“転生保険の再選択”が可能です」


次の瞬間、前方の空間が一斉に明るくなった。

光の扉が開き、次々と神様らしき人物が前に出てくる。


「はーい!異世界無双保険担当、ゴウです!」


筋肉質で声がやたら大きい神が、親指を立てた。


「チート能力三点盛り!敵は弱め!

ストレスフリー保証!」


「保証って言葉、軽く使ってません?」


「大丈夫大丈夫!細かいことは気にしないタイプ向け!」


「不安しかないです」


「次は私……スローライフ転生保険のユルミです……」


半目の神が、眠そうに手を振る。


「畑、釣り、昼寝。人間関係、最小限……」


「争いは?」


「ほぼ……」


「ほぼって何ですか」


言葉を濁すな。

「悲劇的英雄転生保険担当、カタルシス」


黒いローブの神が、無駄に重厚な声で名乗った。

「苦難と絶望、その先に涙の感動を――」


「いりません!」

 即答すると、カタルシスは目を見開いた。

「え、人気なんですが……」


「私、もう十分苦労しました!」


「ペット転生、どうですか?」


 急に距離を詰めてくる神がいた。

「人に可愛がられて、働かなくていい人生ですよ?」

一瞬、心が揺れた。

でも、すぐに首を振る。


「……それ、逃げじゃないですか」

 場が、ほんの一瞬静まり返った。


「鋭いですね」

 職員の神が感心したように言った。


「ですが、それも立派な選択です」


「そう言われると、余計に分からなくなります」

 ひなは頭を抱えた。

 楽な人生は、魅力的だ。

 無双も、スローライフも、ペットも。

 でも――


「私、ちゃんと働いてました」


 気づけば、そう口にしていた。

「サボってたわけでも、投げ出したわけでもない」

 神様たちは、黙って聞いている。


「それで、気づいたら死んでて。

 間違えました、で終わるんですか?」


 胸の奥が、じんわりと痛んだ。

「じゃあ、私の人生って何だったんですか」

 職員神が、少しだけ視線を落とした。

「……それを、決めるための再選択です」


「再選択」


「あなたが“どう生きたいか”を、今度はあなた自身が選ぶ」


ひなは、ゆっくり顔を上げた。

楽な人生でもいい。

でも、それだけで終わってしまっていいのか。

「……すぐには決められません」

「問題ありません」

 職員神は事務的に頷く。

「転生失敗者には、仮滞在期間が設けられています」

「仮滞在」

「神界に滞在し、各保険を比較・検討してください」

神様たちが一斉に前のめりになる。

「説明なら任せて!」

「何度でも勧誘します……」

「運命、演出しますよ」


「最後の人、怖いです!」

ひなは深く息を吐いた。

どうやら、すぐ終わる話ではないらしい。

「……分かりました」

そう言って、神様たちを見回す。

「全部、見せてください」

その言葉に、神様たちは楽しそうに笑った。

こうして佐藤ひなは、

自分の人生を“保険で選び直す”という、

前代未聞の時間に足を踏み入れたのだった。

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