第9話…揺り戻しの川

森を歩いていると、

ふいに喉の奥がひりつくように

乾いた。


理由はわからない。

さっきまで、あんなに穏やかだったのに。


足を止めると、木々の間から小さな川が見えた。

澄んだ水が、静かに流れている。


「少しだけ……」


そう思って、川辺に膝をつき、

両手ですくった水を口に含む。


冷たくて、きれいで、

確かに喉の渇きは潤った。


でも、胸の奥にはまだ不安が

くすぶっている。

理由もなく、押し寄せる重さ。

——せっかく落ち着いてきたのに……。


水面に映る自分の顔が、

少し揺れて見えた。


小さな生き物が、

川の向こう岸からこちらを見ていた。

騒がず、急かさず、ただそこにいる。


私は深く息を吸い、ゆっくり吐いた。


川は流れ、揺れているのは水面だけ。

底まで濁っているわけじゃない。


——揺れてもいい。

——戻ってもいい。

——それでも、私はここに立っている。


小さな生き物を横目に、

私は再び森の奥へ歩き出した。

不安を抱えながらも、一歩一歩前へ――

森は今日も、静かに私を受け入れてくれる。

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