一人コックリさん

第二話


一人コックリさん


君たちは――

**「コックリさん」**という怪談を、知っているだろうか。


狐の神を召喚し、

質問に答えてもらう遊び。


漢字で書けば「狐狗狸さん」と書くらしい。


……らしい、というのは、

正直なところ、僕自身がその由来を完全には信じていないからだ。


怪談は、いつだって後付けが多い。


「やれやれ……」


思わず、声が漏れた。


この取材を振り返るたび、

同じ感想に行き着く。


「流石に今回は、

 反省だけで済む話じゃないね」


成功による慢心か。

それとも、作家としての好奇心が、

ほんの一線を踏み越えただけなのか。


「もう少し、慎重になるべきだったよ」


そう前置きしておこう。


これから君たちに話すのは――

この龍ヶ崎哉りゅうがさき はじめが、実際に体験した“恐怖”の出来事だ。


怪談として楽しんでもいい。

フィクションだと思ってくれても構わない。


ただし――

これは、取材だった。


行ったのは、深夜。

場所は自宅の書斎。


参加者は、僕一人。


机の上には、

白い紙と、鉛筆。

そして、念のために起動したノートパソコン。


記録を残すためだ。


……まさか、

記録される側になるとは思っていなかったが。



ことの発端は、

某日、某所。


「“夏のホラー特集”?」


「はい、そうです! 龍ヶ崎先生!」


「我が出版社の夏の恒例特集に、

 短編を書いていただきたくて!」


「なるほど……」


「理解が早くて助かります! 是非!」


「まあ……いいが」


「ありがとうございます!」


「だが……」


「はい?」


「…………」


「……いや、なんでもない」


嫌な予感は、

だいたいいつも正しい。


それから僕は、怪談に関する知識を漁った。

特に興味を引かれたのは、“占い”の類だ。


タロットカード。

花占い。

そして――AI占い。


「……占いにAI、か」


正直、ナンセンスだと思った。

だが感情は一度、脇に置く。


情報を集めるのが、取材だ。


そして、目に留まった。


「“コックリさん”……」


懐かしい響きだった。

馬鹿馬鹿しくて、当時はやらなかった遊び。


だが――

どんな質問にも答えてくれる、という点だけは気になった。


「なら……」


「“コックリさん”自身に、質問すればいいじゃないか」


恐らく、

世界初の霊へのインタビュー。


そう考えた時点で、

もう引き返すべきだったのだろう。


こうして、今に至る。


準備は、拍子抜けするほど簡単だった。


白紙の中央に、五十音表と0〜9までの数字を書き、

右上に「はい」、左上に「いいえ」を書く。

そして、「はい」と「いいえ」の間に鳥居を描く。


鉛筆は新品だ。

変な癖がついていないものを選んだ。

手書きに拘ったのは僕の傲慢だろうか。


「……これでいいか」


机に向かい、深く息を吐く。

深夜の書斎は静かで、

冷房の送風音だけが規則正しく耳に触れていた。


鳥居に乗せた十円玉に指を添える。


「コックリさん、コックリさん」


声に出すのは、正直、気恥ずかしい。

だが儀式というものは、

中途半端が一番よくない。


「おいでください。」

「もし、ここに来てくれたのなら……」


力は入れていない。

少なくとも、入れているつもりはなかった。


「質問に、答えてほしい」


数秒、何も起きない。


まあ、当然だ


内心でそう思った瞬間――

十円玉が、ほんのわずかに揺れた。


「……?」


机が揺れたわけでもない。

空調の風でもない。


揺れは、ごく小さい。

だが、確実に意思を感じる動きだった。


「……偶然、だろう」


そう言い聞かせるように呟く。


人は、意味を見出したがる生き物だ。

作家なら、なおさら。


だからこれは、

筋肉の微細な動きが起こした錯覚――

そう結論づけるべきだった。


だが。


十円玉は、ゆっくりと――

「は」の文字へと向かっていった。


止まる。


次に、

「い」。


そして、

「い」。


「……はい、か」


喉が、わずかに鳴る。

「はい」の文字へ向かわなかったのは「コックリさん」のプライドだろうか。

答えはわからない。

どのみち聞けばわかるだろう。


「質問に答える、という意味でいい?」


十円玉は動かない。


都合のいい解釈だ


自嘲しながらも、

僕は次の質問を口にしていた。


「……君は、本当に“狐狗狸”なのかな」


数秒の沈黙。


その後、

十円玉は――「い」へ。


「い……?」


さらに、「え」。


「……いいえ、だね」


つまり、

コックリさんではない。


背中に、

じんわりと汗が滲んだ。


「なら……君は、何だ?」


問いを投げた瞬間だった。


十円玉が、今までとは違う速さで動き出す。


「さ」

「く」

「し」

「ゃ」


「……作、者?」


心臓が、一拍遅れる。


「それは……僕のことか?」


次の瞬間、

十円玉は勢いよく――「い」へと向かった。


「いいえ」


否定。


では、誰だ。


「……まさか」 知ることのない


思考が、最悪の方向へ滑り出す。


「君は……僕が、知ることのない“何か”…か?」


沈黙。


その間、

ノートパソコンの画面が、ふっと暗転した。


「……?」


慌ててマウスに触れる。


スリープ解除。


画面には、

見覚えのないテキストファイルが開かれていた。


タイトルは――


「一人コックリさん」


「……は?」


背筋が、完全に凍る。


ファイルの中身には、

こう書かれていた。


> ――皆さんは――

**「コックリさん」**という怪談を、知っているだろうか。




僕は、

ゆっくりと、十円玉から指を離なそうとした。

しかしそれは「コックリさん」において最大の禁忌タブー


離さなかった理由はそれだけではない。

だって

取材は終わっていないからだ。


その瞬間――

十円玉は、言葉を描いた。


「……「おわり」、か」


震える声で、そう呟く。


紙の上に描かれた「おわり」という文字の軌道は今でも残っているような気がした。


何も壊れていない。

何も、現れていない。


だが――

確実に、何かは始まってしまった。


翌朝、

僕はこの取材を「失敗」と判断した。


理由は簡単だ。


この出来事を、

フィクションとして処理できる自信が、なくなったからだ。


パソコンのファイルは消えていた。

続きを読む気は出なかった。

しかし事実はきっと消えない。


「最悪の仮説」

それがもし正しかったら――


それ以上考えるのは諦めた。


「フィクションとして処理できる自信がない」と言ったが、このアイデアを執筆しないつもりはない。


それが僕の役目だと感じたからだ。


しばらくしてキーボードから手を離した。


その後、僕はそっと名刺に記された番号にかけた。


「もしもし…龍ヶ崎だが…」

「"夏のホラー特集"の原稿を送ろうと思う。」

「つまり、確認作業を頼みたい。」

その言葉はいつものセリフだった。

「タイトル?」

「タイトルは――」

「"独り狐狗狸さん"だ。」


備考

自身の行動を自重しようと思う。

"怪談"のような不特定なものに首を突っ込むことはできる限り避けたほうがいい。

最悪の場合、"突っ込んだ首"が落とされるかもしれない。


全く、いいよな君たちは。

関係ないのだから。


そしてこれは――


取材だった。

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竜ヶ崎哉の取材簿 差し水醤油 @634117

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