第3話 ③


 慌てふためく者が介入したおかげか、黒髪の女性は構えていた銃を降ろした。

 ルミナも敵対する意思がないと見なし、単分子ナイフを床に置く。


「…………」


 少しの沈黙が続いたあと、先に口を開いたのは彼女の方だった。


「……それで、遭難者ならどうするの? 一応、皇国保護法では人類種は国による保護を得られるが、遺物などは戦利品として見なし、協力者の物になるかもよ?」


 どうやら女性は法に則ってルミナを保護するつもりがあるらしい。

 少なくとも無法者ではないようだ。


「遺物、とは……?」


 ルミナが聞き慣れない言葉を反復すると、女性はビシッと指を刺して、

 

「それ、明らかに遺跡船の物でしょ」


 首元のペンダント、イロナの方へと目を向けた。


 話の意図を理解したイロナは頭を悩ませる。


(どうしましょうか。助かるとはいえ、ルミナと離れるのはよろしくない。ここでの自動人形わたしたちの立ち位置なんて知らないですし、困ったものです)


 イロナはルミナと約束した以上、どうしても離れるのだけは避けたかった。

 うまいことのらりくらりと騙し続けて、無かったことにしていきたい。

 そのことについてルミナも分かっており、なんとか誤魔化そうと心掛けていた。


「イロナはこうどえーあい、機械っぽい人間。僕と一緒」


「イロナ……さっきの声の人ね。すご〜く解釈によっては否定もできそうだけど?」


「むう……。じゃあ、帰り道教えて。二人で帰る」


 意地悪そうに反論され、不貞腐れていくルミナ。


「あぁ! 運良く道を知って自力で帰る事が出来たら、一般人の扱いで適用しなくなるのかな?」


 急に女性がポンッと手を打ち、わざとらしい言葉を並べつつ、


「分からない、説明」


「私の後ろについて来て。自分の足で帰れたら二人とも一緒。離れ離れにならないよ」


 すらすらと謎の建前を言い、法の抜け道を用意した。


「ありがと」


「お礼は要らないよ。ごめんね、身構えちゃって」


 この一連の会話を見守ったイロナは困惑する。

 

(余りにもグレーよりな言葉遊び……。それでいいのですかね、ここのルール)


 ただその善意の働きによって、こちらが助かるのならば深く追求しないでおこうと口を慎んだ。

 

 イロナが戸惑っている間に、二人とのわだかまりは解消して自然と気楽になっていた。


「どうしてここにいるの? 船の搭乗員でコールドスリープしてたとか?」


「崖から落ちた。イロナが居なかったら溺れてたまま」


「ほうほう。君は中々に凄いことしてるね」


 女性は可能な限り、探るような視線を向けていた。


 しかしその視線には悪意が見えない。ただ様子を窺うだけの穏やかさだ。


 少なくとも今のところ、正面衝突は起こらないと見ていいだろう。


「そろそろ立ち話はここまでにして、早く移動しないと……」


 そこで、女性はこの場所から立ち去ろうと動き始めた。


「急ぐのなぜ?」


「いやぁ……ここに住みついていたモンスターに襲われちゃってね。命からがら逃げてたの」


「んぅ? この船は誰もいない……――」


 ルミナが疑問に思った瞬間、カサリと天井が震え、裂け目から影が落ちてきた。

 その落下と重なるように、甲高い鳴き声が突き刺さる。


『ヂュッッッ――――――!!』


 それはずんぐりとした胴体に耳がやたらと幅広く、申し訳程度の短い尾。

 要するに、ネズミに近い動物だ。

 しかしそれは六十センチにも及ぶ大きさで、ひと回りもふた回りもデカくしたようなモンスターだった。



 【モンスター】 モルト・ラット


 げっ歯類に分類されている大きな耳長ネズミのモンスター。仲間意識が高く、攻撃的になると毛皮が固くなる性質を持つ。

 硬いものを齧る強靭な歯を持ち、価値のある素材を台無しにしてしまう、探索者にとって嫌な生物。



『キュッ! キュッ! キュエェ~~ッッ!!』


 ネズミ型モンスターがぽたぽたと着地を決めて、なにやら鼻を嗅ぎながら周囲を探していた。


 その光景を見たルミナは、


「……イロナ、来客。歓迎して」


 誰も居なかったのでは、と無感情な声音で言い、


「いやあ、流石に齧歯類は対象外ですね。数には入りません」


 などと、イロナは過去の発言を誤魔化した。


「チューチュー鳴ってる。言葉、分かる?」


「動物の言語能力などあまり解析できません……が、見るからに怒っているようです」


「なんで?」


「まぁ、先程の会話からして心当たりはありますが」


「……ふうん」


 という言葉を残すのと同時に、ルミナはとある人物に向けて生暖かい視線を投げつける。


「えへへ……」


 その向けた先は、黒髪の女性。

 なぜか目を逸らして、どこか言い逃れを探しているご様子だ。


「あのネズミはモルト・ラットって言うの。一度怒らせると私たちの体を齧り尽くすモンスターよ。いつもは船の鉄板をむさぼるだけなのにね」


「なにしたの?」


「なんでなんだろうねー」


 上手くはぐらかそうとするが感情ゼロ、音の高低もゼロ。まるで棒読みのロボット音声かのようなセリフだった。

 嘘が下手な典型例である。


「本当は?」


「うぅ……ちょっとキッチンの調理器具を物色したら、住み家を突っついちゃって……」


「それは怒る」


「ともかく! ここで迎え撃たないと不味いの!」


 怒らせた原因を作った女性は軽い咳払いをして、己のやらかしを都合よく切り替えようとした。


「仕方ない」


 ここでいくら叱ろうが、ネズミの怒りは沈まぬまま。

 ルミナは黒髪の女性と共に戦うと決める。


「武器はある?」


「右手のナイフしか。けど、戦える」


「んー。でも、身を防ぐには物足りないわね。これを使って」


 そこで、黒髪の女性は丸い手甲をルミナに渡した。


「これは?」


「魔導障壁を付属した盾。意識させれば展開するようになるよ」


「いいの、渡して?」


「生きたまま全身齧られるよりかはマシ」


「確かに、それはそうだ」


 もっともな理由で納得したルミナは、さっそく受け取った盾を左腕に装着する。

 盾を出したいと思った瞬間、半透明の壁が展開した。


「ふむ、防げそう」


 指先で軽く触れてみると反発するような強度。

 ある程度の衝撃を吸収してくれるらしく、ルミナのような小さな体格でも十分に防ぎ切れるだろう。


「準備はどう? 使い方、分かる?」


「多分、行ける。でも、近距離だけ」


「なら私を護る感じで立ち回って欲しい。広範囲の遠距離手段を持っているから」


「わかった」


 ルミナは必然的に前衛でモンスターの注意を引き付ける役目を担った。

 つまり、被弾を恐れて後方へと進行を許してしまえば、火力不足に陥り全滅。


 高火力を持つであろう彼女が安定して攻撃できるよう立ち回る必要があった。

 よって、勝ち筋は恐れずに立ち向かうのみ。


「すみません、現時点では二人の力にはなれません。せめて、見やすいように灯しましょう」


 イロナはエクツァーの起動させて、二人が動きやすいように足場を照らした。

 

「うわっ!? 明るくなった!? ……なるほど、こりゃまた大きなのが眠っていたわけね」


 足場は思っていたより広く、段差や躓くような場所もなかった。

 イロナが淡い光で照らしてくれているおかげで、戦闘中に奇襲を受ける心配はなさそうだ。


「あっ、そうだ。名前、まだ言ってなかったね」


「そうだった」


 敵がこちらを探し回っている隙に、二人は顔を見合わせて、


「僕はルミナ」


「アルカ。へぇ~、ルミナは"ぼく"って言うんだ?」


「むぅ……だめなの?」


「ううん。逆に可愛い感じで好きだね」


「そう」


 張り詰めた状況になるだろうというのに、二人の間にはどこか緩んだ空気が流れる。

 意識の矛先は目前の脅威ではなく、互いの存在を優先していた。

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2025年12月21日 18:00
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幾星霜の最果てには 山埜 摩耶 @alpsmonburan

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