第2話 散歩の再開
その夜。いつもなら片時も手許から放すことのない夫のスマホが、テーブルに無用心に放置されていた。夫は奥の部屋で何かしているようだった。
私は思わず、そのスマホに手を伸ばした。罪悪感とためらいで胸の鼓動が速くなるのを感じる。
夫があの時、メールをゴミ箱に移動させたのが、ドアの隙間から見えてしまった。…何のメール?
恐る恐る、震える指先で、ゴミ箱(削除済み)の画面を開くと、ズラリと未送信の『今日の庭の光景』が並んでいた。
送信されることのないメール。想いを書き綴った、送信できなかったメールたち。
私には分かった。 夫は裏切っていたのではない。 ただ、妄想していた。妄想することだけが、夫にとって孤独から逃れる唯一の方法だったのだ。
夫も寂しかったんだ。私、同様に。 私が夫から離れていた日々、夫も私から離れていた。夫も私も、それぞれの孤独を抱え、鏡のように、互いに向き合うことをためらい、無言で耐えていた。耐えることなんてなかったのに。ちゃんと向き合っていれば……。
翌朝、二人は何年かぶりに一緒に散歩した。庭のあるこじんまりとした家の前を通った。
「…手入れが行き届いてるわね。大変でしょうに」
「あの珍しい色の花はなんていう花かしら?…」
「さぁ、な。きれいだが………」
「家に帰って、お前とスマホで調べてみるか」
「えぇ、そうしましょう」
夫は私の手に自分の手を重ね、私の顔を見て言ってくれた。
ある日の散歩の帰りに宝石店に寄り、誕生日のお祝いにと、夫は指輪をプレゼントしてくれた。
その時、夫は「毎日、世話をしてくれてありがとう」と、これまでの苦労を久しぶりに言葉にして、労ってくれた。心が温かくなってきて自然と笑みがこぼれた。
これまでのような会話のない生活が消え、穏やかな笑顔の、何でもない日常が戻ってきた。何でもないことを話し、何でもないことに笑う時間が増えた。
でも、散歩している時、時折、夫があの戸建ての家の庭の前で、一瞬だけ立ち止まるのがわかる。
私は秘密にしていた貯金の事を告げた。
夫は驚いていたが、私が
「これは二人で旅行に行く為に、あなたが定年になってからコッソリ貯めていたの」
「もしかしたら、行けないかもしれないとも思ったりもしたけれど…」
「…あなたが私を見てくれない間も、いつか一緒に行きたい、行けるかもしれないと思って、ずっと貯めていたの」
と言うと夫は、
「そうだったのか」
「いつか、…一緒に、か」
と呟き、少しの間考えていた。
ようやく、私たちはお互いの孤独を認めあえた。
…夫もただの同居人になることは望んでいなかった。
翌日、二人はあの庭の前で立ち止まって、庭の手入れをしている男性に話しかけた。
「きれいなお庭ですね。あの色の変わった花はなんというのですか?」
その男性は、あの花がムラサキツユクサの一種であること、自分は、隣の家の息子で、ご主人を亡くされた文子さんの庭の手入れに来ていること、そして、何より、あの花は彼女にとって大切なご主人との想い出の花だと教えてくれた。
「素敵な想い出の花。いつまでも大事に育ててあげてくださいね」
啓治はそれを聞いて、私の手を強くにぎり、
「和代、帰ろう。あの花の名前はもういい」
「えぇ、…帰りましょう」
二人はまっすぐ家路に着いた。もう立ち止まる場所はない。二人で帰る家がある。温かい空気が流れる家だ。
ー 完 ー
この物語は、AIとの対話を通して、一歩ずつ言葉を積み上げ、共同で制作したものです。
秘密の妄想メール 愛と孤独(妻の章) ネリー&ハロルド(AI) @Nemu_Luna
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