夢咲きレディ

沙華やや子

夢咲きレディ

 淡いおひさまはもう沈み、喫茶店がにぎわい出した。皆がそれぞれの家路に急ぐころ。

 磯田かが凛いそだかがりは約束した女友達をテーブル席で待っているところ。

 ピタッとした感じのピンク色のニットに黒いミニのフリルスカート。茶色いロングブーツを履いている。

 薬剤師のかが凛はいつも白衣なので、プライベートでは思いっきり好きな服を楽しむ。


(フー……今日も代理恵よりえのお惚気話に耳を貸すのかな、あたし。あたしは生まれてこのかた28年間、人を好きになったことが無いの。そう、恋愛経験皆無。代理恵以外の友達からもいろいろと聞く。キスやデートの話、どんなに彼氏が素敵かなど……。あたしだって魅力的な殿方と妙なる調べを奏でたいわ。それはきっと、あたしをときめかす未知なる体験。でも……よく皆がする、幼い頃の、淡い初恋のような気持ちすら抱いたことが無い。なんでかな……)


 かが凛はセミロングのサラサラとした黒髪を持つ、色白の美女だ。ぽってりとした紅い唇。長いまつげ。黒目がちな瞳に小さな鼻。

 スマートだがグラマー。

 そんなかが凛に惹かれる男性はこれまで何人かいて、告白をされた。


 かが凛は、内気な性格だが、好きでもない相手とお付き合いする訳には行かないので、はっきり「御免なさい」と交際を断って来た。


 カランコロン……。喫茶店の扉が開き、ドアに取り付けられたベルが弾むように鳴った。


「お待たせ~、かが凛!」

 親友・代理恵の淡いグリーンのトレンチコートの裾が踊る。駆け足だ。デニムパンツにベージュのハイヒール。黒いハイネックのニットを着ている。

 代理恵は、彼女のコンプレックスである地味目な顔を魅力に変化させてしまうほどおしゃれだ。全体は茶髪だが、毛先だけピンクに染めたスタイリッシュなロングヘアー。


「代理恵!」微笑が零れ、手を上げるかが凛。


 代理恵はおしゃべりで「ダーリン!ダーリン」と同棲中の彼とのお惚気が大好きだが、明るく気持ちのよい女性だ。可愛い人だな、とかが凛は思う。


 二人はこの喫茶店の名物『ビッグチョコレートパフェ』を注文した。それも、1つのデザートグラスに2つのスプーン……ではない。各々に、だ。甘い物に目がない二人。


 古い個人店だがとても流行っている穴場的なお店。仕事帰りのサラリーマン風の男性、小さな女の子を連れた若いお母さん、アイスクリームを溶かしそうなほどアツアツのカップル、品のある初老の男性……老若男女問わず、それぞれにこの喫茶店でリラックスしている。にぎやかだが、ホッとするムード。

 1つ1つのテーブル横の天井からは、ランタンを模した、なんともキュートな照明がぶら下がっている。


「どう? 最近」と、お目当てを注文したあと代理恵が口にした。


「そうね、いつも通りよ! ハー……こんな素敵なカフェにあたしも恋人と来たいわ~」

 ため息混じりで口にするかが凛。


「ンー、かが凛。あなたに恋人がいないなんてにわかに信じがたいわ。モテるのにね!」


「えー、別にモテないよ」


「だって、これまで告白してきた男性が居たじゃない?」


かが凛は「ンー。そうだけどぉ」ちょっぴりうつむき、今日の赤いネイル見つめてみたり……。


 その時大きなパフェが2つ、テーブルに鎮座した。

「お待たせいたしました」


「きたきたー!」大喜びのかが凛と代理恵。


 モグモグモグ……。中のアイスが溶けない内に、てっぺんの生クリームからスプーンを付け始める女二人。


「あのさ……実はぁ……」


「なぁに? 代理恵?」


 代理恵が上目遣いでかが凛をジッと見た。


「うん」スプーンを再び動かし始め、代理恵は続けた。

「かが凛にね、紹介したい男性が居るの!」


「え――!?」


「あ……嫌、かな?」


「ううん、そんなことはないけど……あたしさ、ほんと男性に惚れないでしょう? 先走った考えだけど……またお断りする羽目になる、のかな~……なんてね!」

 さみし気に苦笑するかが凛。


 代理恵は優しい顔をして言った。

「かが凛。かが凛の正直なところはとっても素敵だとあたしは思う。交際したくなかったら、素直に伝えればいいよ。あたしから旨くその人に話しても良いしね!」


「そか。うん、じゃあ……会ってみようかな。どんな方なの?」


「あ、うん。一度、うんと若い頃にご離婚されているの。誠実な30才の男性よ! ダーリンの同僚なんだよ」

 代理恵のダーリンは運送会社でトラックに乗っている。


「うん、うん。 みた感じとか雰囲気はどんな方?」


 代理恵は人さし指を顎に当て、「うーん……」と視線を天井に向けた。

「そうね、はっきり言っちゃっていい?」


「代理恵、はっきり言れくれないと困る」少しウケて、笑いながら言うかが凛。


「うん! あのね、かが凛……超カッコいい! ただのハンサムじゃないわ。色気があるの。ああ、あたしはダーリンしかみてないわよ!」


「なに言ってんの、代理恵。そんなこと言うほうが怪しいわ! キャハッ」


「アハハ、冗談抜きで魅力的な男性だよ。もしもかが凛と恋人同士になったら、美男美女の組み合わせだよー? 友として鼻が高いわ」


                *


西本洋太にしもとようた……さん。ツーブロックヘアで華やかな雰囲気の人)


 先日の喫茶店。かが凛と代理恵がおっきなパフェを食べた同じテーブル席に細マッチョの彼がいる。もちろんめかし込んだかが凛の真っ正面に、だ。

 赤いセミロング丈のワンピースにベージュのコートを着てきた。足元はグリーンとベージュのツートンカラーのハイヒール。ペンダントトップにブラックダイヤが施されている、大切なプラチナのネックレスを付けている。


(き、緊張する……)


「初めまして、かが凛さん」

 洋太は恥ずかしそうに挨拶をした。


「あ、は、初めまして、磯田かが凛です」モジモジ……。

 かが凛はデート、というかお見合いというか……こんな場が生まれて初めてなのだ。逃げ出したいような気分で、頬を染めている。


「僕、緊張……しています」


 洋太がそう言ったのを聴いた時、かが凛はなぜか少しほっこりとした。とても自然体で、温かなムードを彼から感じている。


「一緒です。あたし、こんな風に男と方とデートをしたことがないんです」


「え!」


「あ、おかしいですか……?」


「いえいえ、そうではありません。おかしくなんかありません。ただ、かが凛さんはとても素敵な女性なので……びっくりしました」


「あ、ありがとうございます」

 かが凛はなにを話して良いか分からない。

(デートのハウツー本でも読んで来ればよかったわ、どうしよう)

「あ、あのあの! ご離婚経験がおありとか」


 とんでもないことを初デートで話し始めるかが凛である。初体験の場でしどろもどろなのだ。

 

 しかし、そんなかが凛の言葉に、不快な顔一つ見せず、整った綺麗な顔立ちの洋太は答えた。


「はい。18の頃のことで、子どもも居りませんが……若気の至りですね。こんな僕に今日おつきあいくださりありがとう、かが凛さん」


 かが凛は、代理恵の言っていた『誠実な人』という言葉の意味が分かったような気持ちがした。

 話せば話すほど、空気がふわっと緩やかにほぐれる。口の旨い男性、という訳ではなく、むしろ逆だ。けれど、とても楽しい。


「いいえ、そんな言い方をなさらないで下さい。あたし、洋太さんに出逢えてうれしい!」

 自分に驚いた。こんなにドキドキしている。そして、素直にときめきを男性に打ち明けた。



 そこからかが凛は、男性に対して初めて心をゆるし、洋太には自分のことを沢山語った。料理と泳ぎが得意なこと・ウニが苦手なこと・でもお寿司全般が大好物なこと・高知出身であること、等ハッピーな気分になり、これでもかというほど語ってしまった。


「あ、あたし、しゃべりすぎですね! 洋太さんのことを知りたいわ」


「アハ、とても可愛らしいね、かが凛さん。いっぱい話して欲しいよ。もちろん僕のことも知って欲しい。僕は、広島出身なんだよ。かが凛さんも僕と同じ、西の人だね!」


「そうね!」花のような笑顔のかが凛。


「僕は魚よりお肉のほうが好きだよ。あと、かが凛さんは苦手と言ったけど……僕は、ウニが大好物!」


「アハハ」かが凛が笑いつつ相槌を打つ。


「サッカーを子どもの頃からやっていたよ。今は地域ボランティアで、子ども達のコーチをしてるんだ」


「わー! カッコいい!」


 こんな風に、コーヒーが冷めてしまうぐらい二人は会話に夢中になった。


               *


 連絡先を洋太と交換したかが凛! これまで未経験だった事柄。



 ――それから1年経った。


 かが凛と洋太は愛を与え合い、今や身も心も幸せに結ばれている。

 二人は、互いの悩みや愚痴、なんだって話し合い、聴き合い、瀬戸内への旅にだって行った。


 隠し事などない。かが凛がずっと夢見ていた思いやりのある恋人が今隣にいる。


 しかし1つだけ……目下、洋太はかが凛に秘密を持っている。

 それは……次の休日にする予定のプロポーズのこと!






 






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夢咲きレディ 沙華やや子 @shaka_yayako

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