ただ待つだけの肉塊
森崇寿乃
蜜の底の闇の澱
地下室の淀んだ空気は、まるで腐りかけた果実から
視界を遮断する黒絹の目隠しは、私の
ねちゃり、ねちゃり、と床を踏みしめる音が、私のすぐ側で響いた。
その正体不明の執行者は、私の苦悶を鑑賞することにサディスティックな喜びを見出しているのか、あるいは単に熟した肉の具合を確かめる料理人のような無感動さで見下ろしているのか、その気配からは感情の温度を読み取ることができない。ただ確かなのは、その視線が、私の全身を舐め回すように這い回り、汗と縄の摩擦によって赤く腫れ上がった皮膚の、その熱を帯びた一点一点を、執拗に確認しているということだけであった。
「いい汗だ」
鼓膜にへばりつくような、湿り気を帯びた低い声が降ってきた。
直後、氷のように冷たく、それでいて異様な滑らかさを持つ細い棒状のもの――おそらくは鞭の柄か、あるいは特殊な器具であろう――が、私の汗ばんだ背筋を、尾てい骨から首筋にかけて、ゆっくりと、あまりにもゆっくりと這い上がってきた。その器具は、私の皮膚表面に浮いた汗の粒子を
私は悲鳴を上げたかったが、詰め込まれた異物のせいで、喉の奥から「ぐう」とも「ひい」ともつかぬ、粘液混じりの情けない唸り声を漏らすことしかできなかった。その音は、地下室の壁に反響し、私自身がいかに無力で、肉の塊に過ぎない存在であるかを、残酷なまでに強調していた。
見えない何かが、私の耳元で湿った息を吐いた。
その生々しい呼気の熱が、私の産毛の一本一本に絡みつき、私の思考能力を泥のような混乱の中へと引きずり込んでいく。これから私に与えられるであろう刺激は、痛覚の限界を試すものなのか、それとも神経を焼き切るような快楽の
ただ、全身の毛穴という毛穴から吹き出す汗が、拘束された肉と縄の隙間を埋め尽くし、私と、私を縛るこの世界との境界線を曖昧にしていく感覚だけが、妙に鮮明であった。私は、その底なしの沼のような予感の中で、次なる一手が打たれるのを、脂汗に
ただ待つだけの肉塊 森崇寿乃 @mon-zoo
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます