第九話 元S級パーティの“穴埋め要員”という地雷
視点は、再び地下城第五十一層へ。
《光輝の剣》のキャンプには、重苦しい空気が立ち込めていた。
リンの抜けた穴を埋めるため、レオは教会に大金を積み、A級聖女・マリーを引き抜いてきた。
顔立ちも愛らしく、治癒魔法も強力。数多のパーティが欲しがる逸材だった。
マリーさえいれば、パーティは再び最盛期を取り戻し、ついでにリンの鼻をへし折れる――レオは本気でそう信じていた。
だが現実は、彼の頬を思いきりひっぱたいた。
「くそっ……頭が……頭が割れる……! 何かが頭の中に、這い回ってやがる……!」
戦闘を終えた直後、レオは頭を抱えて地面を転げ回っていた。
深層特有の「精神侵蝕」。
「マリー! 早く治療しろ! 俺を落ち着かせろ!!」
レオは聖女に怒鳴り散らす。
マリーはきょとんとした顔で杖を掲げ、【ハイヒール】を詠唱した。
白い光がレオを包み込み、肉体の傷は瞬く間に癒えていく。
しかし、頭痛は一向に引かず、むしろかゆみと倦怠感でイライラが増幅し、幻聴まで聞こえ始める。
「俺が治してほしいのは傷じゃねえ! 頭だ! 感情だ! このイライラをどうにかしろって言ってんだ!!」
目を血走らせたレオが、狂犬のようにマリーに吠える。
「パシンッ。」
乾いた音が響いた。
マリーの平手が、レオの頬を見事に捉えていた。
その場の空気が一瞬で凍りつく。
「隊長、頭おかしいんじゃないの?」
マリーは心底汚いものでも触ったかのように手を振り払い、露骨な嫌悪を浮かべて言った。
「私は高貴な聖職者よ。やるのは肉体への治癒だけ。頭がおかしいなら薬でも飲んできなさいよ。私に向かって喚かないでくれる? 気持ち悪い。本当にこれがS級勇者? 狂犬にしか見えないんだけど。」
「き、貴様……」
レオは平手打ちのショックで言葉を失う。
「前はリンがいたからなあ……」
横で盾役のガレスが、思わずぼそりとこぼした。
「リンは俺たちのこと、一度もバカにしなかった。ただ肩をトンって押されるだけで、あっという間に眠れて――」
「黙れ! その名前を口にするな!!」
レオはヒステリックに怒鳴り返す。
「リンはただの役立たずだ! 無能な詐欺師だ!!」
「隊長……」
黙っていた黒魔導士ジャックが、手にした端末を見つめたまま、かすれ声で言った。
「リンが無能だっていうなら……これは何だ。」
「向こうで……バーベキューパーティしてるぞ。」
「何だと?」
レオが勢いよく画面を覗き込み――雷に撃たれたように固まった。
画面の中。彼が地獄だと信じて疑わなかった第九十九層は、暖かな明かりに包まれたリゾート地のように見えた。
リンはバスローブ姿で温泉の縁に座り、じゅうじゅうと脂を滴らせる最高級の肉串を手にしている。
その肉を焼いているのは――さきほど契約を交わしたばかりの、あの魔王アスモデだった。
魔王はエプロンを身に着け、どこか気を遣う店員のような顔つきで尋ねる。
「リン先生、この焼き加減でよろしいでしょうか? もう少しクミンを足した方がよろしいですかな?」
「うん、悪くないね。アスモデ、火加減だいぶ上手くなったじゃないか。ご褒美に、次のカウンセリングは一割引きにしておこう。」
「本当か!? ありがたき幸せ!!」
魔王は子どもが飴玉をもらったように、満面の笑みを浮かべる。
画面の中で帝王のように寛ぐリン。
画面の外では、冷え切った鍋、白目をむく聖女、バラバラになりかけたパーティ、吐き気のする頭痛。
その落差は、錆びたナイフのようにレオの胸を刻んだ。
「ぶふっ。」
彼は今度こそ心の底から血を吐く勢いで、口いっぱいに血を噴き出した。
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