第十話 エルフ皇子の“奴隷契約”と絶対支配権
「ドゴォン!!」
凄まじい爆音が第九十九層全体を揺るがした。
ようやく修理したばかりの診療所の紅木の扉が、強烈な風属性魔法を叩きつけられ、粉々に吹き飛ぶ。
煙が晴れると同時に、精鋭の装備に身を包んだエルフ王家の親衛隊が、殺気とともに姿を現した。
先頭に立つのは、銀白の華麗な鎧を身にまとった男。
端正な顔立ちだが、傲慢が骨の髄まで染み付いたような表情をしている。
彼はエルフ帝国第二皇子。
冷酷さと支配欲で名を馳せるA級魔剣士――オルランドである。
「やっと見つけたぞ、俺の言うことを聞かない子猫ちゃん。」
オルランドは、順番待ちをしていた魔物たちを完全に無視し、カウンターの陰に身を潜めているシルヴィに視線を固定する。
その目は婚約者を見るものではない。
自分の所有物を見る目だった。
「シルヴィ、遊びはもう終わりだ。さっさと出てきて跪いて謝れ。俺の我慢にも限度がある。」
シルヴィの全身が震える。
長年の精神的虐待によって刻み込まれた条件反射。
彼女の脚は力を失い、今にもその場に跪きそうになっていた。
「オルランド……わ、私はもう婚約を解消したはず……」
「婚約解消?」
オルランドは鼻で笑い、右手を掲げる。
甲に刻まれた紅い魔法陣が妖しく輝いた。
同時に、シルヴィの首に刻まれていた不可視の首輪が姿を現し、まばゆい赤光を放つ。
「この《魂従属契約》が残っている限り、お前はどこへ逃げようと俺の奴隷だ。こい。――それとも魂が焼ける感覚をもう一度味わいたいか?」
シルヴィは悲鳴を上げ、首元を押さえてうずくまる。
魂そのものを焼かれるような痛みが、彼女をずたずたに引き裂く。
配信のコメント欄は、即座に炎上した。
『うわっ、奴隷契約!? こいつ人間やめてるだろ』
『婚約者にこんな呪いかけるとか、ガチでクズじゃん……』
『主治医、早く何とかして! これ命に関わるレベルだぞ!』
シルヴィが限界を迎えかけたそのとき――
震える肩に、温かな大きな手がそっと置かれた。
焼き尽くすはずの痛みが、一瞬で消し飛ぶ。
「医者として、俺がいちばん嫌いなタイプが二つある。」
いつの間にか、リンはシルヴィの前に立っていた。
メガネの位置を直しながら、冷え切った瞳で死体を見るようにオルランドを見据える。
「一つは、医師の指示を守らない患者。
二つ目は、俺の診療所で騒ぎ立てて、俺のナース――つまり私有財産――に手を出そうとするクズだ。」
「お前は誰だ? ただの人間が……」
オルランドが眉をひそめ、魔力を練り上げようとする。
しかし、リンはシルヴィの首の首輪に指を一本添えただけだった。
【スキル発動:《強制精神上書き(Mental Overwrite)》】
【低級精神制御術式を検出……《最高管理者権限》により書き換え処理を実行します】
パリン。
十年来、シルヴィを縛り続けてきた奴隷の首輪が、ガラスのような音を立てて砕け散る。
それだけでは終わらない。
「ぐあああああああ!!!」
オルランド皇子が絶叫を上げた。
彼の手の甲に刻まれていた紅い魔法陣が消えるどころか、漆黒に染まり、逆流するように彼の腕そのものを侵食していく。
「そんなに他人を支配するのが好きなら――契約の“向き”をちょっと変えておいてあげたよ。」
地面に転げ回る皇子を見下ろしながら、リンは静かに告げる。
「今その身を焼き尽くしている“反動”、全部お前自身に返るようになってる。」
「それと、さっき吹き飛ばした玄関のドア、五百ゴールドするんだ。手で払うのが嫌なら、命で払ってもらおうか。」
オルランドは地をのたうちまわりながら、歯を食いしばって怒鳴る。
「や、やれぇ!! 王家親衛隊、全員かかれ!! このしみったれた診療所を焼き払え!! ここにいる生き物は一匹残らず殺せ!!」
数百名の精鋭エルフ兵が武器を抜き、一斉に突撃を開始する。
だが、リンは一歩も動かない。
ただ壁の時計に目をやり、心底面倒くさそうにため息をついた。
「……よりによって、このタイミングか。」
「今は――《重症病棟》の散歩時間なんだよ。」
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