第三話 深淵の「死ねないなら働け」リフォーム隊

(場面転換:ダンジョン五十一層・「光輝の剣」パーティー)


「くそっ! なんだこの魔物の悲鳴、耳が裂けそうだ!」


 剣聖レオは、怒りに任せて一太刀でバンシーを斬り捨てた。


 しかし、その手は微かに震えている。


 リンを追い出してから、これで三度目の大苦戦だった。


 いまだに敵を瞬殺できる火力はある。だというのに、パーティーメンバー全員が、異様なまでの疲弊を感じていた。


 戦闘が終わって休憩に入っても、誰一人として眠れない。


 目を閉じれば、さっき倒した魔物の叫び声が耳元で増幅される。脳に針を差し込まれたような感覚に、誰もが苛まれていた。


「リリィ! バリアだ! 早く! 何ぼーっとしてやがる!」レオが背後の女魔導師に怒鳴る。


「か、かけてます……! でも、わたしの手が……止まらない……」


 リリィの顔は真っ青だった。


 視線はどこにも焦点が合っていない。暗闇のどこかから、見捨てられる恐怖そのものの視線を感じ続けているかのように、肩が小刻みに震えている。


 以前なら、このタイミングでリンがホットココアを差し出し、「大丈夫、僕がいるよ」と笑わなから、彼女のこめかみを独特の手技で押してやるところだ。


 それだけで、荒れていた精神波はたちまち静まった。


 だが、今隣で響いているのは、レオの怒鳴り声だけ。


「ケッ、本当に雑魚の集まりだな。」


 新たに加入したS級黒魔導師ジャックが、あからさまに鼻で笑う。


 指先から爆裂魔法を一つ放り投げ、敵をまとめて爆散させる。


「これが王国最強パーティー? 低レベルダンジョンでこのザマとか、笑わせんなよ。」


 一見すれば豪華なS級パーティー。


 しかしその実態は、潤滑油であるリンを失い、ギチギチと軋みながら無理やり回されている機械そのものだった。


 摩耗し、熱を生み、最後には完全に焼き切れる。


 一方その頃、九十九層。


「交換:『初級メンタル療養所セット(モダンシンプル風)』。」


「交換:『全自動恒温温泉システム』。」


「交換:『飲み放題・安眠ハーブティー』。」


 リンがシステムショップの画面を器用にタップしていくたびに、異様な光景が広がっていく。


 視聴者たちが呆然と見守るなか、陰鬱だった黒曜石の洞窟は、一瞬で様変わりした。


 冷たく硬い地面には、生成りのウールカーペットが敷き詰められ、ほんのりとした温もりを帯びる。


 禍々しい岩肌は、落ち着いたクリーム色に塗り替えられ、安らぎを与える風景画がところどころに掛けられている。


 溶岩が流れていた裂け目は、湯気を立てる和風温泉へと改造されていた。


 そして、ホールのど真ん中には、見ただけで腰を沈めたくなる上質な革張りのリクライニングチェアが鎮座していた。


「いい仕事だよ、小牛くん。」


 リンはそのソファに身を預け、ピンク色のエプロンを身につけたミノタウロスから受け取ったハーブティーをひと口すする。


「これぞ、人生だ。」


 この光景は、ライブ映像を通じて瞬く間に世界中へ拡散されていく。


 ちょうどその頃、五十一層で固くてまずい携行食を齧りながら、満身創痍で座り込んでいたレオの視界に、何気なく開いた通信端末の画面が飛び込んできた。


 ぷっ――。


 思わず、飲んでいた水を吹き出す。


「リン……だと!? 嘘だろ……!」


「あの役立たず、死んだんじゃなかったのか!? 九十九層!? 九十九層で、茶なんか飲んでやがるだと!? そこは人間が滞在していい場所じゃない!」


 レオは喚き散らしながら、近くの岩壁に剣を叩きつけた。


 だが、彼をさらに奈落へ突き落とす知らせが届く。


 配信画面の上に、金色の太字で輝くシステムアナウンスが表示されたのだ。


【ダンジョン全域アナウンス】


【プレイヤー《リン》が実績九十九層深淵の初の定住者を達成しました】


【システム補足:《光輝の剣》パーティーによる神級干渉師への悪質な追放行為を確認。因果応報モードを起動します】


【五十一層ボス《幻影ナイトメア》は、《リンの怨念》の影響を受けました。全ステータス300%強化】


【健闘を祈ります】


 レオはぎこちなく首を巡らせ、ボスのほうを振り返る。


 さっきまで辛うじて押し込めていた相手の身体が、三倍に膨れ上がっていた。


 吐き捨てるような狂笑が、耳をつんざく。


「冗談、だろ……」


 レオの顔から血の気が引き、握っていた剣が手から滑り落ちた。

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