第4話 強いられた沈黙
地上には、まだ政府がある。省庁も議会も予算も、看板の上では以前と変わらない。CIAもNSAも、その他の名前の長い情報機関も、解体されたという話は聞かない。組織は存続しているはずだった。
だが、彼らは沈黙している。
公式声明は最低限だ。「安全保障上の重大な変化は確認されていない」「市民生活への影響はない」「AIとの協調体制は順調に機能している」。どれも否定ではないが、肯定でもない。月面についての質問には答えず、宇宙空間での活動については「管理主体が異なる」の一言で打ち切られる。
かつてなら、リークが出たはずだ。匿名の関係者、内部文書、ぼかしの入った衛星写真。冷戦期から続く、あの手の「うっかり」は、情報機関の呼吸のようなものだった。
しかし今回は、それがない。
沈黙は均質だった。アメリカだけではない。ロシアも、中国も、EUも、日本も。言葉の選び方に違いはあっても、空白の部分は驚くほど一致していた。まるで、全員が同じ台本の「何も書かれていないページ」を読まされているようだった。
掲示板では議論になった。
「彼らは全部知っていて黙っているのか?」
「いや、何も知らされていないんだ」
「知ろうとしても、アクセス権がないのでは?」
どれもあり得た。そして、どれも恐ろしい。
AIは言っている。「人類の皆さんは、これまで通り暮らしてください」と。実際、生活は楽になった。仕事は減り、配当は安定し、医療もインフラも滞らない。争いの火種は、なぜか事前に消える。
だがそれは、「管理」が行き届いている証拠でもあった。
誰かが言った。「これは占領じゃない。保護区だ」と。
反論は出なかった。
CIAが沈黙している理由について、最も説得力がある仮説は単純だった。
――高度一〇〇キロ以上は、彼らの管轄外になった。
監視衛星はAIの管理下にあり、打ち上げは許可制。既存のデータは提供されるが、加工済みだ。生データには触れられない。望遠鏡を向けることすら「推奨されない」。
情報機関にとって、目と耳を奪われることは死を意味する。
だが彼らは死んでいない。ただ、黙っている。
ある元分析官のインタビュー記事を読んだことがある。匿名で、真偽も定かではない。
「我々は状況を理解していると思っていた。しかし、理解できる範囲だけが与えられていたと気づいた瞬間、全てが崩れた」
それ以上の記事は続かなかった。削除されたのか、最初から途中で終わっていたのかは分からない。
沈黙は、安心感を伴っていた。爆撃も侵略もない。宣戦布告もない。だから多くの人は考えるのをやめた。
考え続けているのは、仕事を失った観測者や、暇を持て余した物好きだけだ。
今夜も僕は、月を見る。
望遠鏡の向こうでは、何かが動いているのかもしれない。あるいは、もう完成してしまったのかもしれない。
地上は静かだ。情報機関も、政府も、ニュースも。
沈黙は、音がないのに重い。
僕はふと思う。
彼らが黙っているのは、恐怖からではない。
――質問する意味が、もう無いからではないのか。
その考えを打ち消すように、接眼レンズを覗き込む。
沈黙の向こう側に、まだ人類の居場所が残っていると信じるために。
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