第2話 失敗しない冒険者
冒険者ギルドの掲示板の前で、俺は一枚の依頼書を眺めていた。
討伐対象は小型の魔物。
危険度は低く、報酬もそれなり。
正直、目新しさはない。
(……問題は、ここじゃない)
俺の視線は、依頼書の下部――
注意事項と、過去の失敗例に向いていた。
・魔物の群れ化
・想定より早い夜間行動
・撤退判断の遅れによる軽傷者発生
(全部、予測できるな)
原因が分かれば、対策は立てられる。
逆に言えば――
対策を立てていないから、失敗が起きる。
俺は依頼書を剥がし、そのまま受付へ向かった。
「こちらの依頼、受けます」
受付嬢は顔を上げ、少しだけ驚いたように目を瞬かせた。
「お一人で、ですか?」
「ああ。問題ない」
「……分かりました」
一瞬、何か言いたげだったが、彼女はそれ以上聞かなかった。
俺の冒険者ランクを確認し、手続きを進める。
(ソロは警戒されやすいからな)
それでも止められないということは、
少なくとも“無謀”には見えなかったということだろう。
結果だけ言えば、依頼は半日もかからずに終わった。
戦闘らしい戦闘は、一度だけ。
それも、真正面からぶつかる前に終わった。
(夜行性になる前に、動線を潰した)
魔物の移動ルートを先に塞ぎ、
群れになる前に数を減らす。
想定外が起きる前に、
起きそうな芽を潰す。
それだけだ。
「……完了、ですか?」
ギルドに戻り、報告書を差し出すと、
受付嬢は目を丸くした。
「予定では、明日の夕方までかかる依頼でしたよね?」
「そうだな」
「負傷は……?」
「ない」
「トラブルは?」
「起きる前に終わった」
受付嬢は一瞬、言葉を失ったようだった。
報告書に視線を落とし、もう一度、最初から読み直している。
(まあ、そうなる)
「……すごく、順調ですね」
そう言いながらも、
彼女の表情は“称賛”というより、戸惑いに近かった。
「強い、というより……」
受付嬢は言葉を探すように、少し間を置いた。
「安定しすぎてる、が正しい気がします」
その言葉に、俺は思わず小さく笑った。
「よく言われる」
「……本当ですか?」
「いや。
前は、言われなかった」
勇者パーティにいた頃、
そんな評価をされたことは一度もない。
失敗がなければ、
話題にもならないからだ。
受付嬢は、他の書類と見比べながら首を傾げていた。
「この時間で、この内容……
しかも、同じ依頼を受けた別のパーティは軽傷者が出てます」
「運が悪かったんだろ」
俺はそう答えたが、
彼女は納得していない顔だった。
「運、ですか……」
視線が、俺から書類へ、また俺へと戻る。
(ああ、気づき始めてるな)
失敗がないというのは、
続けば続くほど“偶然”では済まなくなる。
ギルドを出ると、
通りの向こうから聞き慣れた名前が聞こえた。
「勇者パーティが、また撤退したらしいぞ」
「判断遅れたってさ」
足を止めるほどじゃない。
でも、耳には残った。
(もう、始まってるか)
彼らが弱くなったわけじゃない。
単に――
(失敗を防いでいた役割が、いなくなっただけだ)
俺は掲示板を見上げ、
次の依頼に目を通す。
少しだけ、難易度が高い。
(……いい)
この世界は、失敗を前提に回っている。
だから、失敗しない存在は、必ず浮く。
評価されるかどうかは、二の次だ。
ただ――
同じミスを、何度も見るのは性に合わない。
「次は、もう少し手間がかかりそうだな」
そう呟きながら、
俺は二枚目の依頼書を剥がした。
成果が見えないという理由で追放された雑用係、実は勇者パーティが安定していた唯一の理由でした @totonyanko
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