成果が見えないという理由で追放された雑用係、実は勇者パーティが安定していた唯一の理由でした
@totonyanko
第1話 成果が見えない雑用係
「――悪いけど、君はもうパーティに必要ないと思う」
焚き火の爆ぜる音の向こうで、勇者のアルトはそう言った。
申し訳なさそうに眉を下げ、まるでこちらの反応を気にするように。
……ああ。
やっぱり、来たか。
俺は内心でそう呟きながら、手にしていたロープを静かに畳んだ。
不思議と、驚きはなかった。
ここ最近の空気を思えば、遅かれ早かれだと分かっていたからだ。
「理由は?」
一応、聞いておく。
聞かなくても、答えはほぼ分かっていたけれど。
「正直に言うよ。君の成果が、見えないんだ」
その言葉は、想像していたよりも静かに胸に落ちた。
怒りはない。
悲しみも、ほとんどない。
ただ――
(やっぱり、そこしか見てなかったか)
勇者パーティの雑用係。
それが、俺の役割だった。
装備の点検。
消耗品の補充。
依頼内容の精査。
街ごとの情報収集。
魔物の生息域を避けるルート選び。
戦闘中の立ち位置調整。
撤退すべきタイミングの判断。
どれも、地味で、目立たない仕事だ。
そして何より――
(全部、“失敗が起きなかった”って形でしか残らない)
誰も怪我をしなかった。
補給が切れなかった。
想定外の事態が起きなかった。
それは成功だけど、
数字にも記録にも、ほとんど残らない。
「最近は戦闘も安定してるし、新しく加入した前衛も優秀だ」
アルトは続ける。
責める口調じゃない。
むしろ、本気で円満な別れだと思っている顔だった。
「だから……君がいなくても、やっていけると思うんだ」
その言葉を聞いた瞬間、
俺は少しだけ、妙な安心感を覚えてしまった。
(ああ、この人は本当に悪気がない)
自分たちの成果を信じている。
今がうまくいっていると思っている。
だから、その“安定”が何によって支えられていたのか、考えもしない。
「……分かった」
俺はそう言って、軽く笑った。
「そういう判断なら、仕方ないな」
「本当かい? 恨んだり……しない?」
アルトは不安そうにこちらを見る。
まるで、俺が怒り出すかもしれないとでも思っているみたいだった。
「しないよ」
即答だった。
「俺の仕事、分かりにくかったし。
ちゃんと説明もしなかったからな」
それは強がりでも、自己卑下でもない。
ただの事実だ。
俺は立ち上がり、背負い袋を担ぐ。
必要最低限の荷物は、もうまとめてあった。
「じゃあ、これで」
アルトは一瞬、何か言いかけて口を開いた。
けれど、結局何も言わず、黙って頷いた。
その夜、俺は勇者パーティを抜けた。
――数日後。
冒険者ギルドで、酒を飲んでいた男たちの会話が耳に入ってきた。
「聞いたか? あの勇者パーティ、依頼失敗したらしいぞ」
「補給不足だってさ。撤退判断も遅れたとか」
俺は、思わず足を止めた。
(補給不足……?
撤退判断の遅れ……?)
どれも、以前なら起きなかったミスだ。
いや――正確には。
(俺がいれば、起きなかったミス、か)
胸の奥で、何かが静かに腑に落ちる。
俺は強かったわけじゃない。
戦闘で目立つこともなかった。
ただ、失敗が起きないように整えていただけだ。
でも、その“当たり前”がなくなれば――
結果は、こうなる。
(成果が見えない、か)
そう言われて追放された理由を思い出し、
俺は小さく苦笑した。
掲示板に貼られた依頼書を一枚、剥がす。
一人でも、やれることは多い。
むしろ――
(気を使う相手がいない分、やりやすい)
「……気楽でいい」
評価されなかった雑用係は、
こうして一人の冒険者として歩き出した。
自分が――
勇者パーティが安定していた唯一の理由だったことを、
まだ誰も理解していないまま。
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