第2話 子供時代の汚れ(第1部・全16話)

子供の頃寝ているとよく変な事があった。

4~5歳の頃、朝方になると布団の中で足を上げている。

太陽が登り始める朝方、足元を魑魅魍魎の百鬼夜行が行進している感覚があるので、毎朝足を上げていた。

布団の中、足元をザワザワと異形のモノたちが行進していく。

それを邪魔してはいけない。

毎朝、朝日が差し込む部屋の中、そうしている自分に気がついた。


そうこうした6歳前後の頃、真夜中に目を覚ますことが頻繁に起きた。

気配がする。

自分が寝ている周りに何者かの気配がする。

ちょっと怖いけれど薄目を開いて周りを見る。

でも何もない。

気のせいか、と思ってそのまま寝たことがある。


でもそれはそこで終わらなかった。

7歳の頃だ。

気配がする。

自分の身体の周り、寝ている室内に気配を感じる。

日を増すごとにそれは、激しい息遣いと黒い人影が見えるようになった。

電気を消した暗い室内であったが、それが黒い人影、黒い女性の姿をしている。


そんな日々が続き、8歳の頃、夜中に気がつくと自分の身体に張り付いて吸い付くような感覚に襲われる。

自分の身体全体を舐めまわされている感覚だ。

寝巻きは着ているのに。

朝起きると、まるで誰かに弄られたように、寝巻きがものすごい状態でよれている。

下半身のズボンは脱いでいてはるか先の布団の外に投げ捨てられていた。

まるで誰かの手によってズボンが脱ぎしてられたかのように。

そういう時、だいたいパンツが濡れている。

何かの液体で溢れかえっている。

おねしょかな?

おねしょにしてはちょっと違う気がした。


それは毎日毎晩続いた。

ハアハアと激しい息遣いがする。

目を覚まして室内を見てみる。

すると電気が消えた天井に、黒い女体が何人も空中浮遊して舞っている。

まるでこれから楽しいことをするのでワクワクしているかのようだ。

さすがに怖くなって布団をかぶって丸まって自分の身を守る。


でもそれは無駄であった。

宙を舞う複数の黒い女体は布団のバリアを物ともせず中に入り込み、自分を弄んだ。

舌かなにかで僕の身体を舐め回してくる。

何本かの複数の長い舌が、8歳の僕の身体全体を舐め回してくる。


ある時気がついた。

下半身が重い。

股間が重い。

恐る恐るみると複数の黒い女体の頭部が僕の下半身に頭を埋めている。

股間から全身になんともいえない感覚が僕を支配する。


揺れる。

物理的に身体が揺れる。

下半身を中心に身体が揺れる。

気がついてよく見ると複数の黒い女体が代わる代わる、争うように僕の股間に覆い被さって

身体を激しく上下左右に揺らしている。

何時間も、それに毎日にわたって。

僕はそれに抵抗したが無駄だった。

気持ちいい。

だけど気持ち悪い。

なんだか悪いことをしているみたいだ。

というよりも、なんだかわからないモノに悪いいたずらをされている被害者なんなけど。

だけど自分の下半身は気持ちよく、ピクピクと反応してしまった。

そんな事は親にも誰にも相談できず、毎日のように繰り返された。

そしてそれはなすすべもなく、15歳になるまで、毎日それはくり返された。


目を覚ますと僕は薄暗い和室の中、ふかふかした布団に寝ている。

なんでここに寝ているんだ?

何が起きた?

まだ子供の頃に起きた時のように、何モノかによって汚されてしまったのか?

いや、ちがう。

今自分は刑事だ。

ついさっきまで、エリ先輩と一緒に電車に乗っていた。

いつ?

ついさっき?

でも今は夜中?


気がつくと布団の中の自分は裸であった。

全裸ではなかったがパンツは履いていた。

なんで裸?

なんでパンイチ?

よく見るとそのパンツは自分のものではなかった。

それは、そう、女性用の下着であった。


「起きたみたいね。」

エリ先輩の声がする。

驚いて布団から起き上がり声のする方向を見る。

僕はそれをみてまた驚いてしまった。

薄暗い和室の中、障子が開きエリ先輩の姿が見えてくる。

まるで風呂上がりのようにバスローブを着ている。

首筋の後毛の隙間の肌が、うっすらと流れる汗に満ちているのが逆光で光り輝く。

さっきまで風呂入ってたんかい?

そう言う自分も、なぜかパンイチだが。

残念なのが室内が薄暗かったことだ。

エリ先輩のふくよかな胸が、よく暗くて見えない。

うっすらとシルエットのみ見えるだけだ。

残念、と思ったが、なんで自分は今この状況なのか、その判断が優先された。


「そのパンツ、私のだけどきつくない?」

そうか?

そうなのか?

自分が履いている女性用の下着はエリ先輩の物なのか。

「緊急事態だったので、私のしかなくて。」

なにが?

なにが緊急事態?

驚いて全裸状態のエリ先輩の姿を薄暗い室内で見て、また驚いた。

右手。

右腕。

そういえばエリ先輩、右手はずっと手袋をしていたし、電車内で黒いモヤモヤと対抗する時に、

右腕を掲げて何やら魔法の呪文のような言葉を口にしていた。

そう言えば『魔法』?が発動する時、エリ先輩の右手の手袋は張り裂け、その右手が『黒い塊』のように見えた。

なんだったんだ? あの黒い塊?

それはまるでエリ先輩の右手が『黒い皮膚』に覆われているかのような、記憶が頭の中を走る。

確認しようとバスローブの隙間からエリ先輩の右腕を見ると、包帯がぐるぐると巻かれていた。

僕の視線に気がついたのか、福よかな胸のエリ先輩が恥ずかしくも艶かしい表情を上げて答える。

「ああ、これ? 私昔から傷があって。」

そうなん?

そうなんですか?

だからなんですね。

そう言えば課長も長袖を着ている。

真夏だと言うのに、いつも長袖だ。

まるで素肌を見られたくないように。

課長もエリ先輩と同じく、身体を見られたくない理由があるのかも知れない。

しかし女性に無遠慮に問うのもどうかと思う。


「あれから大変だったのよ。敵種を退治したら、敵種の物体が圧縮破裂して構成粘液があたりに

飛び散って、身体全体がビチャビチャに。」

何言ってるん?

何言ってるかわからない。


そう言えばさっきから身体のあちこちになんとも言えない残留感が纏わりつかれている。

髪の毛の感触や手足、腕や指に不快な残留感が残る。

爪の間にも、かすかにカビたような粘着質の物質が残る。

ちょっと匂いを嗅いでみる。

変な匂いだ。

いや?

違う。

待てよ?

この匂い覚えてるぞ。

この匂い、たしか子供の頃に黒い女体に身体を舐めまわされ、弄ばれた時の匂いと似ている。

え?

なにこれ?

そうなのか?

あれは僕の夢じゃないのか?

そんな悩んでいる僕を心配そうに覗き込んでいるエリ先輩。

バスローブの隙間から盛り上がって見える、二つの大きな胸が揺れている。

僕がそこをじっと見ていると気がつかれそうな時、声がした。

第三者の声だ。

女性の、しかもかなり歳をとった女性の声であった。


「あ、お母さん。」

エリ先輩が振り向いて開いた障子の方を見る。

そこにスタイルのいい、姿勢正しい和服姿の女性が立っていた。

和服姿の女性はおもむろに口を開いた。

「その子大丈夫?」

その問いにエリ先輩がすばやく返答した。

「ええ。大丈夫だと思うわ。身体中に残った敵種の残留物は全て洗い流したし。」

だからなのか?

だから自分は裸なのか?

まあ、エリ先輩の下着を履かせてもらっているから全裸ではないのだけど。

だが待てよ?

誰が僕を裸にした?

自分で服を脱いで『風呂?』に入った記憶がない。

だとすると、誰が僕を裸にして風呂に入れて、洗ってくれたと言うのか?

と言う事は、僕は見られたのか?

僕の裸を。

そう躊躇していると、エリ先輩の母親、姿勢正しい和服姿の女性が悩む僕を無視して話を進める。

「その子が新しく来た子?」

「ええ、そうです。私の部下の如月クン。」

キリッとした姿勢で鋭い眼光で僕の身体全身を見つめるエリ先輩の母親。

「そう。あなたの新しい部下なのね。よろしくね、如月クン。

年上の上司の言う事はちゃんと聞くようにね。年上の命令は絶対よ。」

何をいってるんだ、この人は?

そう疑問の表情を浮かべたものの、エリ先輩の母親は淡々とジロジロと僕の身体を視線で舐め回し、目で犯してくる。

「いい身体をしているわね。肉付きもいい。」

そう言いながらゆっくりと近づいてくる。

僕は本能的に後退りしてしまった。

失礼に当たるかと思ったが、そんな事はいってられない。

その行動に、ふっと笑顔を浮かべる母親。

「大丈夫。食べたりはしないわ。そんな変な事。」

今にも手にとって食べてしまいそうな笑みと指先の動きを見せる母親が羨ましそうに呟く。

細長いきれいな指先で僕の髪の毛をおいしそうに撫で回している。

「若くて新鮮で、いいわね。オーラも輝いているし。」

僕はその言葉に耳を疑った。

オーラ?

オーラって今言った?

ってなんだ?

「若い男っていいわ。あっちの方もすごそうだしね。」

何を言ってるんだ、このおばさんは。

それに、あっちの方ってどっちの方よ?

困惑する僕の表情を無視して、エリ先輩の母親は命令口調で口をひらく。

「年上の言う事はちゃんと聞くようにね。新人クン。そうしないと危ないことになっちゃうわよ。」

危ないことってなんだよ?

その風貌で年下の若い男(僕)を脅すなよ。

そう思った時、ふと冷静に帰ってエリ先輩の母親の手や首筋、顔といった肌が露出している部分の異常性に気がついた。

室内が薄暗かったのと異常な状態で混乱していたので気がつかなかった。

今にも僕をつかんで弄び始めそうな手や腕、後毛が美しい首筋、細長い顔に何か異様なモノがある。

刺青だ。

TATOOだ。

何か文字のようなモノが掘り込まれている。

え? 耳なし芳一?

その心配は無用であった。

彼女に耳はついていた。

その耳にも、まるで呪文のような文字が掘りこまれていた。

刺青に気がついた僕をエリ先輩が宥めて説明する。

「いや、うちヤクザじゃないから。うちは神社なのよ。」

え?

は?

こ、ここは神社?

エリ先輩の家は神社だったの?

知らなかった。

と言うか、まあプライベートだから、そんなものかな、と。

いやいやいや。

だけどなんで神社の娘、刑事でもあるエリ先輩の母親に刺青が彫ってあるの?

短い時間帯に起きた様々な複雑な疑問への回答は、しばらく待たされることとなった。

電話が室内に鳴り響く。

それは警察病院からの緊急電話であった。

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TOKYOゼノモルフ 宙美姫 @solamiki

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