TOKYOゼノモルフ

宙美姫

第1話 エリ先輩と俺(第1部・全16話)

第1話 エリ先輩と俺(第1部・全16話)


「夕方5時ね。定時だわ。じゃあ私、猫の世話があるから帰るわ。」

課長が席を立って帰り支度をする。

「課長、お疲れさまでした。」

さわやかな声で祭主エリ先輩が声をかける。

「お疲れさまっした。」

不満げな表情で俺が声をかける。

課長が出て行った後、エリ先輩が俺に注意してくる。

「如月クン、無愛想な挨拶、だ・め・よ。」

エリ先輩が俺に注意をしてくる。

俺は身長175センチ。

エリ先輩はたぶん145センチ。

俺より背が低い。

だけど俺の先輩だ。

小柄で胸が大きい。

彼女は俺の先輩だ。

俺はちょうど25歳。この部署に配属された新人だ。

エリ先輩はたぶん一回り以上超えた年上の先輩だ。

三十路を遥かに超えてアラフォーも超えているかもしれない。

まあ、年齢の話は無しだ。

本当の年齢をする事自体が怖い。

この部署は今帰った課長の他に、先輩の彼女が一人。

部下は俺だけだ。


はるかに見下ろして自分の胸の辺りに小さなエリ先輩の頭が見える。

小さな小動物のような年上女性先輩がプリプリ怒っている。

「あなたはもう社会人で、課長は上司なんだから、言葉使い、気をつけてね。」

「はい、わかりました。」

全然わかってはいないけれど、一応そう言葉を返した。

一回りも二周り(たぶん)も歳が離れているエリ先輩にそう答えるしかなかった。

しかし課長の『猫の世話があるから』ってなんだ?

たしかに猫も家族だ。

人間と同じように一緒に生活している。

だけどさ~。

それに今は夏。

夏なのに、課長はいつも長袖の服。

暑くないのかな?

自分の肌見られたくないのかな?

ひょっとすると身体に傷とかあるのかな?

まあ、課長女性だし、さすがに聞くに聞けない。

そんな不思議そうな表情をしている俺の顔を見て、エリ先輩が話しかける。


「今日、何か用があるの?」

「いえ。特には。」

「そう。じゃ、行くわよ。」

「え? どこへ?」

「決まってるじゃない。年下新人クンの歓迎会。」

「え? 二人で?」

「他に誰がいるの? ここは課長と私と如月クンの三人しかいないのよ。」


あんまり嬉しくない。

よくこういう展開で、行き遅れ年上上司に食われたりするものだ。

食われたくはない。

自分には選ぶ権利がある。

ただ、小柄で小さくて、それでいて巨乳の先輩の身体にはちょっとだけ興味があった。


俺は刑事に昇進した。

俺はついこの間まで交番勤務の警官だった。

普通の街の、普通にいる一人の警官だった。

だが、俺は人とはちょっと違った能力を持っていた。

自分としては望んでいなかったし、他人から見たらそれは特殊能力を持っていることになる。

俺には霊感があった。

霊感、とういうか、普通の人には見えないお化けや妖怪、

魑魅魍魎等の科学では説明できない『モノ』が見える力を持っていた。

自分的にはそんな能力、欲しくはなかった。

どうせだったら『衣服の上から下着が透けて見える』とか

『競馬の結果が予測できる』とか言った『能力』の方がうらやましいのだが。

自分の能力のおかげもあってか、自分がいた所轄で起きた変な事件が起きると、

そのうち『ご指名』が入って事件現場に呼ばれたりもした。

孤独死した老人の家に行って、そこでお亡くなりになったご本人となんとなく会話して、

家族というか遺族の方が探していた大切な書類等もすぐに発見できたりもした。

いや、自分が警察官でよかった。

自分の勤務アリバイ等があるので疑わられることもなかった。

『なんであんたがそんなこと知ってるの?』

『あんたひょっとして、なんかした?』

遺族の方から不審がられたりもしたが、いや、自分は今初めてここに来て『ご本人』に会うのは初めてだし。

それにその現場に来るまで、結構距離あったし。

所轄外なのに呼ばれて道もわからないし。

いや、本当に警察官でよかった。


そんなこんなで多数の部署からの推薦もあり刑事に昇進した。

最初は刑事に昇進したことで嬉しかったが、配属された先を聞いてあまり嬉しくなかった。


いわゆる『怪異課』または『異形課』。

そんな課は正式にはない。

現代科学では説明できない怪異現象に対応できる特殊能力を持った人物が集められた部署だ。

部署、と言っても三人しかいない。

自分も含めて。

ひょっとすると俺は『窓際族』に回されたのかもしれない。

刑事に昇進した自分の気持ちを返してほしい。


『怪異課』の課長はやる気のないおばさん、いや失礼。年上の女性の課長。

課長の実年齢も聞きたくないし、知りたくもない。

本人の口癖は『いや、私見えないし、感じないし、信じてもいない。』

めっちゃ否定派であった。

なんであんたが課長やっとるん?

ここは存在自体が詐欺の課か?


そしてもう一人の上司、それが今目の前にいるエリ先輩だ。

エリ先輩は服をはだけてリラックスしている。

「もう秋になるっていうのに、暑いわね。」

そういってブラウスのボタンを緩め、胸を強調する。

いや、俺身長175センチで、エリ先輩身長145センチでしょ?

見えるんですけど、胸の谷間が。

秋に入った残暑とはいえ、まだ蒸し暑い。

蒸し暑いから汗が出る。

建物内は冷房がかかっているが外に出たら街全体に冷房がかかっているわけない。

暑い。

蒸し暑い。

自分の目線から見下ろすエリ先輩のふくよかな胸が見える。

じわりとかいた汗がエリ先輩の胸の谷間に流れ落ちていく。

誘ってるのかい?

あんた俺の上司で先輩でしょ?

しかも年上。

一周りも二周り近くの年上。(怖くて年齢を聞けない)


よく見ると右手に手袋をしている。

この残暑の暑い時期でも右手に手袋をしている。

怪我か何かしたのかな?

最初から気にはなっていたが、あまり仕事外のプライベートに関わることは聞かない方が良いだろう。

課長の肌を見せない長袖と言い、エリ先輩の右手に手袋といい、ここはそう言うしきたりなのか?

まあ自分はお陰様で隠すところ、ないけれど。

俺もそうなっちゃうのかな?

それはそうと暑くないのかね?

まあファッションとは思えないけど。


「まるでデートしてるみたいね。」

え?

は?

いやそれセクハラでしょ。

俺は目のやり場に困ってエリ先輩の胸の谷間から視線を逸らす。

というか、かなりの時間、エリ先輩の胸の谷間を見ていた事に自分は気がついた。

エリ先輩もそれに気がついていたみたい。

「如月クン、彼女はいるの?」

うわっ! 来た!

「いえ、特に彼女は」

一応本当のことを答えておこう。

自分には変な特殊能力があるので、まともに普通の学園生活は送れなかったし、

変わった『あぶない女性』や『変な存在』からいろいろお声をかけてもらった事はある。

だが普通に女性とお付き合いしたことはない。

「ふーん、そうなんだ。実は私も」

エリ先輩は遥か遠くの方を見つめてさらっとしれっとつぶやいた。


待て。

いや待て。

あんたいくつだ?

女性に歳を聞くのはあまり良くないが、あんたいったいくつなんだ?


「どこ行こうか?」

その言葉で我に帰る。

二人は駅のホームで電車を待っていた。

「どこって、どこへでも。」

「そう? 本当?」

エリ先輩はちゃめっけたっぷりな表情を浮かべて語りかけている。

頭を傾げて、はるか上の自分を見上げるエリ先輩の表情、おばさんだけどちょっと可愛いぞ。

おまけにその角度から見下ろしてチラ見できる胸の谷間が魅力的だ。

理性を失って本能のまま、そこに顔をうずめたいと思ってしまう瞬間もあった。

「じゃあ、お姉さんがいろいろ教えてあげるね。」

そう言ってエリ先輩は俺を誘導し、二人は電車の車両の中に入った。

彼女は人を誘惑する能力を持っているのか?

サキュバスか何かか?

どこにいくのかわからないまま、電車のドアがゆっくりと閉まりはじめる。

その時、異変が起きた。


一人の女性がものすごいスピードで駆け込んでくる。

閉まりかけたドアを肘と腕でブロックして電車内に滑り込んでくる。

「お!」

すでに電車内にいた俺とエリ先輩の目の前で、胸を押さえ激しく肩で息をしている一人の女性。

はあはあ、と言った息遣いがすぐそばの俺たちに伝わってくる。

残暑の暑さでのむせかえる蒸気。

その中に走り込んできた女性の息と汗と匂いが心地よく俺の鼻を刺激する。

あまり健康的とはいえない病弱系の女性は一人怯えていた。

よくある『幸薄の悲しい運命の美少女ヒロイン』の感じである。

電車のドアが閉まり、一安心して落ち着く女性の背後に、電車のドアの窓越しの向こうのホームに

モゾモゾとした『黒い影』が見える。

え?

は?

その存在に驚く俺。

見ると駆け込んできた女性は顔が急激に青ざめていく。

どうやらエリ先輩にもそれが見えているようだ。


最近の電車はワンマンである。

経費削減もあってか、車掌がいない。

ドアの開け閉めは運転手が行なっている。

発射前の安全確認は運転席にある監視モニターで行なっている。

「ん?」

運転手の目に映るモニター内の黒い人影。

はっきりとは見えない。

「ったく~。」

運転手はマイクを手に取り、車内とホームの双方に放送する。

「発車間際の駆け込み乗車は危険です。電車が遅れる理由にもなりますのでおやめください。」


電車のドアが再び開くことはなかった。

そのアナウンスを聞いて、駆け込んできた女性がほっと安心して一息つく。

いや、違う。

お前だ。

あんたが駆け込み乗車したから今、放送で注意されたんだ。

安心している場合ではない。

だがその安心もいつまでも続かなかった。

閉まったドアの向こう、ホームに存在する黒いモヤモヤ。

それは閉まったドアを物ともせず、ドアをすり抜けて車内に入り込んだ。

え?

え?

え?

そこにいた三人。

俺とエリ先輩と、駆け込んできた女性が驚きの表情を浮かべる。

運転手はモニターに目をくれる事もなく電車を発車する。

ガタンゴトンと揺れる電車の車内、ドア付近の一空間に異様な雰囲気が流れる。

三人のほぼ真ん中に宙を浮くように存在する黒いモヤモヤ。

それは明らかに駆け込んできた彼女を『見つめて』いた。

黒いモヤモヤを凝視しながら、エリ先輩はそっと俺の耳元で呟く。

「如月クンにも見える?」

「え? ええ。嬉しくないけど、見えます。」

俺の耳元、性感帯でかんじちゃうんですけど。

だがそんな場合ではない。


「いやややーっ!」

まるで発狂したかのように彼女は叫び、恐れ、怖がり、車内で暴れて後部車両へと走り出す。

夕方のラッシュ時もあいまって、車内は結構混んでいる。

そんな中を、彼女は気の狂ったように叫びながら人をかき分け走り出す。


昨今の事情下である。

かの映画「ジョーカー」よろしく、車内等の狭い空間で狂気に満ちた人物が暴れ回ると、そこはパニックになる。

当然、車内はパニックになった。

気がふれた、気が狂ったように取り乱した女性が叫び、人をかき分け、喚き散らしながら車内を駆け抜ける。

気がつけば、彼女が逃げ込んだ後部車両は行き止まりで、乗務員室に逃げ込もうにも、ドアノブは開かない。

乗務員室には車掌はいない。

なぜならこの電車はワンマン運転なのだ。


叫び走って逃げ去っていった女性を、吸い寄せられるように追いかけていく黒いモヤモヤ。

俺は呆然としていた。

俺には特殊能力があるので、このような『物体』を何度も見てきた。

だが、人混みの多い、照明がついている駅や電車内で堂々と見ることはあまりなかった。

まさか『真昼間』のような明るい車内でそれを明確に見るとは思っていなかった。

普通は暗い夜とか薄暗いところに出るんじゃね?

そう思って、ちょっと予想外の状況に驚いて思考が停止していた。

あれ?

気がつくとエリ先輩がいない。

視線を送ると、逆方向へと逃げ惑う乗客の群れの中をかき分けて追いかけるエリ先輩の後ろ姿が確認できた。

え?

え?

追うの?

まあたしかに、刑事だし。

電車の中だけど、所轄内だし。

俺も追いかけた。

逃げ惑う乗客の流れに逆らって、まるで川を登る鮭のように。

その先に熊がいたらやだな。

せっかく一生懸命川の流れに逆らって、上流目指しているのに。

行き着いた場所に熊はいなかった。

そこにいたのは電車内最後部に追い詰められた女性と、黒いモヤモヤと、それに対峙しようとするエリ先輩の姿であった。


エリ先輩が両手を前面に掲げて叫ぶ。

「基本防衛ベース構築展開!」

その言葉に合わせてエリ先輩の両手先から空気を波のように揺らす波動が広がる。

「前方に防御壁構築を集中!」

その衝撃で、掲げた右腕の手袋が破ける。

俺の目には、エリ先輩の右手が『黒い塊』のように見えた。


エリ先輩は続けた。

「電磁界バリア・反射展開!」

エリ先輩の身体全体から発せられた『空気の波動』があたり一面を包む。

「硬化強化展開!」

その空気の波動は、エリ先輩と俺たちがいる車両全体をまるでドームバリアのように包む。

何か重い、何か息苦しい。そして懐かしいような感覚。


「え? これ何?」

エリ先輩は俺の存在など気にせず、目の前の黒いモヤモヤに意識を集中している。当然のことだ。

「凝縮硬化、最大展開!」

エリ先輩の身体全身から発する空気波動が何度も何度も押し寄せる。

エリ先輩のターゲットの先、追い詰められて怯える女性と、それを狙う黒いモヤモヤ。

エリ先輩が一瞬意識を俺の方に向け、声をかける。

「如月クン、やるよ! 耐えてね!」

その言葉の意味がわからなかった。

「え? 何が?」

エリ先輩は目を目前のターゲットに変えて叫んだ。

「対魔滅破駆逐衝撃波、発動!」


え?

え?

なんだって?

今なんて言った?

次の瞬間、気がついたら俺は薄暗い和室の中、ふかふかした布団に寝ている事に気がついた。

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