第2話

 翌朝、私は上司の佐藤部長に報告した。


「信号を受信しました」


「どこから?」


「オリオン座方向、約四十光年」


 佐藤部長の顔が引き締まる。


「内容は?」


 私は一瞬躊躇した。


「わらべ歌です」


「……何?」


「日本のわらべ歌『みっちゃん みちみち』という――」


 佐藤部長は私の顔をじっと見た。


「田中さん、疲れているんじゃないか?」


「記録があります」


 私は手にしていたタブレット端末を操作し、音声ファイルを再生した。


『♪みっちゃん みちみち うんこたれて――』


 信号を曲に直した電子音が響き渡る。

 佐藤部長の顔から血の気が引いた。


  §


 解析チームが召集された。音響解析の山田。電波工学の鈴木。天文物理の佐々木。

 私は状況を説明し、音声ファイルを再生する。


『♪みっちゃん みちみち うんこたれて――』


 誰かが笑いを堪える音が聞こえた。


「なんだこれ。マジで宇宙人、これ歌ってるんですか」


 鈴木が言った。


「ああ」


「最悪じゃないですか」


「最悪なんだよ」


 私は呟く。心の底からの同意だ。


「発信源は確実に太陽系外です」


 山田がデータを確認しながら報告する。


「ドップラー効果から計算すると、秒速約二百キロで地球に接近しています」


「接近!?」


「ええ。こちらに向かって動いています」


 静寂が落ちた。


「どのくらいで到着する?」


 佐藤部長の絞り出すような声。


「現在の速度なら、約二百年後でしょうか」


 安堵の息が漏れた。それは時間があることへの安心感からか、それとも自分たちが生きている間には来ないことからか。


「ただし、誤差かもしれませんが、加速している可能性があります」


 山田が続け、再び皆が沈黙する。

 いや、恐れていても仕方がない。考えるべきことは山ほどあるのだ。


「信号の内容についてですが」


 私は口を開く。


「なぜ、この歌なのか。地球の電波を傍受して学習したとして、なぜわらべ歌を?」


 しかも、なぜこんな最悪の歌を。「みっちゃん」というだけで、いじめの被害者に陥れるような最悪な歌を。私のような被害者を生み出す歌を。


「ボイジャーのゴールデンレコードには、もっと高尚な音楽が入っていたはずだ」


 佐藤部長が言った。


「バッハ、ベートーヴェン、モーツァルト」


「でも、彼らはこの歌を選んだ」


「それが問題なんだ」


「『みっちゃん』は、昭和初期から歌われている遊び歌のようです」


 ネットで調べていた佐々木が報告する。


「作者不明。全国各地で微妙に違いがあって、起源も不明」


 結局、何もわからない。

 なぜ、四十光年の彼方から子供の遊び歌が?

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