第1話

 それは十月の終わり、雨の降る夜だった。

 私、田中道夫は国立天文台の地下三階、電波観測室で一人モニターを眺めていた。時刻は深夜二時。誰もいない。換気扇の低い唸りだけが微かに聞こえている。

 三十年、この仕事をしている。三十年、何も見つかっていない。

 正直、もう諦めかけていた。地球外生命体なんて、本当にいるのか? いたとして、何故地球なんかに興味を持つのか? 宇宙は広い。地球なんて、砂漠の砂粒1つにも満たない存在だ。

 眠気覚ましにコーヒーでもと思い、席を立とうとした時。スペクトル解析の画面に、異常な信号が現れた。

 規則的で、明らかに自然現象ではない。パルサーでも、太陽フレアでもない。これは、人工的な信号だ。

 心臓が高鳴る。震える手でスピーカーのボリュームを上げる。ノイズの向こうから、微かに何かが聞こえてくる。

 声だ。歌だ。


『♪みっちゃん――』


 呼ばれた気がして、手が止まる。


『♪みっちゃん みちみち――』


 いや、まさか。


『♪みっちゃん みちみち うんこたれて――』


 体が凍りついた。

 私は反射的にスピーカーの電源を切る。

 再び静寂が支配した空間に、私の荒い呼吸だけが響いていた。

 なぜ、私の大嫌いなわらべ歌が?

 きっと何かの間違いだ。近隣の電波が混入したのか?

 慌てて発信源の座標を確認する。オリオン座の方向、地球から約四十光年。

 四十光年彼方から、「みっちゃん みちみち」が聞こえてくる。

 おかしい。何かが、決定的におかしい。

 頭がおかしくなりそうな混乱を抱えながら、私は全てのデータを保存した。

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