学園一不思議 みとう先輩

WA龍海(ワダツミ)

噂の黒い影



『七不思議』というものがある。


 ある地域内で起こる説明の付かない現象等を7つ一まとめにした名称。

 学校関係で有名なものは『トイレの花子さん』や『動く人体模型』といった例が挙げられるだろう。


 とにかく、学校の七不思議というものは怪談や都市伝説といった科学的根拠に基づかない超常現象や不可思議な事象、所謂オカルティックな7つの現象の総称ということだ。



 そして、その不思議は御乃花おのはなゆうの通う学校にも存在している。



『……』


 放課後の空き教室。

 空き教室に机を片付けに来た優の前に、黒い影が立っていた。


 影と言っても、床や壁に二次元に這うものではない。

 教卓の前に立体的な人型を保ち、立っている。少なくとも優にはそう見えていた。


『……』


 影は何も語らず、ただ優を見つめている。

 そして優もまた、無言でその影をジッと見つめていた。



 ──ねえ、御乃花さんは聞いた? この学校の噂。



 ふと、彼女の脳裏にクラスメイトとの会話が思い起こされていた。

 入学して間もなく、すぐに仲良くなった後ろの席の女子との会話である。


『噂……って何?』

『なんかこの学校、七不思議的なやつがあるんだって』

『七不思議……的なやつって何。七不思議でいいでしょそれ』

『少し違うんだなぁ、それが』


 呆れ半分な反応の優に対し、友人はなぜか得意げな表情で鼻を鳴らす。それからこの学校の卒業生であるという自身の姉から聞いた話を嬉々として語っていた。


 噂というのは、七不思議ならぬ『一不思議』。そんな妙ちきりんな名称になった理由は単純にこの学校に7つも不思議なことがないからだとか、そのたった1つの不思議が最も目立つからとも言われているらしい。

 そしてその一不思議というのは、放課後になると学校に突然現れる真っ黒な人間がいるというもの。

 その人間は輪郭がぼやけていて、まるで淡い影のように見えるらしい。しかしそこに存在していることが知覚できるという、不気味にして不可思議な怪異なのだという。

 その正体は昔校内で亡くなった生徒だとか、教師だとか。はたまた勝手に侵入して自殺した人物だとか、色んな話があるそうだが……真相は不明のようだ。


『──どうよ、怖い?』

『ありがちな話だと思う。3点』

『手厳しい!』


 説明を聞いた優が呆れ半分で点数を告げると、友人は腕を組んで笑った。

 しかし友人はめげず、『話はまだ終わってないぜ』と続けた。


『そいつと出会ったらどうなると思う?』

『どうなんの?』

『なんか色々質問されるらしいよ。あと記念品として靴を片方だけ持っていかれて、片一方の靴だけしか残らないんだってさ』

『1点』


 無慈悲にも優が点数を下げると、友人は首を下げて撃沈した。

 怖さも不気味さもなくなってしまったのだから、怪談話として評価が下がるのは当然の帰結と言えるだろう。いやまあ、靴を片方持っていかれるという点については意味が分からなくてある意味怖いが。


『……まあいいや。ただあたしが言いたいのは、実際いたら普通に怖いだろうなって話よ。御乃花さんはもし見かけても近づいたらだめだぞー』

『言われなくても、わざわざそんな妖怪靴脱がせに会いたくないっての』

『いやそんな直球な名前じゃないから。その一不思議の名前は──』



「──みとう、先輩……」



 思い出の中から意識を現実に戻し、優は目の前の影の存在を確かめるように呟いた。

 その声に反応するように、黒い影はその輪郭を揺らして近づいてきた。

 触れてしまいそうなほど距離が詰まる。

 ここまで不思議と恐怖を感じていなかった優も流石に肌をぞわりと粟立たせ、身体を強張らせた。

 そして、そんな彼女に対して影は──



『あ、私のこと知ってるんだ! 有名になっちゃったかなー、私! あっはっはっは!!』



 ──と、楽しそうな声で笑ったのだった。


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