第7話 ラナはオークションに行く
サネヤとラナは人波に乗りながら、スーク・カルハンの大通りを歩く。たまにサネヤが店先のテントに並んである物を吟味するために立ち止まる。
胡散臭い商人たちの説明を右から左に聞き流しながら、サネヤは鋭い目つきで商品を見渡し、特に該当のものがないと、すぐに店を離れるということを繰り返していた。
ラナは胸のムカムカと戦いながら、サネヤの後をついていっていた。
「ねぇ……ねぇ……お姉ちゃん、助けて」
ラナたちが歩いていると、ふと、どこかからか細い声が聞こえてきた。人が密集し、騒がしい中でも、その声はラナの耳に届いた。周囲を見渡すと、その声が今ラナたちの立っている店先の反対側に位置している場所から聞こえていることがわかった。
「お姉ちゃん、こっち……」
ラナはサネヤに声をかけようとするが、サネヤは店員と何かを話しており、ラナに気づかない。
(ちょっとだけなら……サネヤから離れても大丈夫だよね……?)
ラナはゆっくりとサネヤがいる店か離れ、声のする方へと人波を避け、小走りに近づいていく。声は段々と大きくなって行き、鮮明に聞こえてくるようになった。
「お姉ちゃん……こっち……お姉ちゃん」
「……え?」
たどり着いた店で、ラナは言葉を失った。口を閉じることもできず、唇が戦慄く。血の気が引き、目を見開いて閉じることができなかった。
その店には、大量に檻があった。中には、見慣れない縞々の尻尾を持った四足歩行の動物や、唸り声をあげて牙をむき出しにしている獅子、白黒のふわふわの毛皮を纏ったぬいぐるみのような動物がいる。
しかし、ラナが凝視していたのは、その変わった動物たちではなかった。
そこにいたのは、ラナよりも小さな子どもだった。
その子どもは、檻の中で裸に近い格好をさせられていた。布のようなものを体に巻き付けられているだけで、それは服とも呼べないだろう。首には先ほど見た奴隷の女と同じように大きな首輪が付けられており、長い鎖が檻の外まで伸びていた。しかし、ラナがその子どもから目を離せない原因は子供の腕や足だった。
その子どもの腕はどう見ても人間の腕ではなかった。
毛むくじゃらのその腕は、ガウルのような動物の腕をしており、足はラナのような鳥の脚になっている。
子供の目は虚ろで生気がなく、顔色は土気色で今にも倒れてしまいそうだった。
「お姉ちゃん……助けて……ここから出して……お姉ちゃんは、お空飛べるんでしょ……?」
「あ……あ……」
「やぁ、お嬢さん。お目が高い! それはね、ハジャルのオークションで競り落とした神器を使って作った人造人間でね! 奴隷が産んだ赤ん坊と、犬と鶏を掛け合わせて作ったんだよ! たまーにおかしなことを口走るが……まぁ、話し相手にもいいよ! それに、嫌なことがあればストレス発散するのに殴ったり蹴ったりするのにもちょうどいい! どうだい!? ご両親に頼んで買ってもらうのは?」
「な、なにを……言って……殴る……? 蹴る……? この子は……掛け合わせ……? なにを……」
理解が追いつかず、呆然と佇むラナに、店主は困ったように笑いながら頬をかく。
「あぁ、もしかして、生物屋はあまり来たことないのかい? ここは他の店と違って、他の大陸の動物や、いろんな動物を掛け合わせて作っているからねぇ。確かに、初めて見るとびっくりするかもねぇ」
店員は人好きのするような笑みを浮かべながら、子どもの入った檻を叩く。その音で、中にいた子どもの体は縮み上がり、檻の隙間から腕を出して、ラナに縋るように手を伸ばした。
「助けて……お姉ちゃん……体が痛いよぉ……魂が、痛いよぉ……助けて……助けて……! お空に連れていって……!」
「あ……あぁ……!」
ラナはその手を掴もうとする。しかし、店主が首輪の鎖を引っ張り、子どもは檻の中で背中を強かに打ちつけた。
「おっと……おい、お客様になにをしようとした?」
店主は檻の中に手を入れ、子どもの髪を掴むと思い切り子どもの頭を檻に叩きつける。子どもは頭を腕で庇いながら、なおもラナに縋るような目を向けた。
「お姉ちゃん……助けて……助けてぇ……」
「や、やめてあげて! これ以上酷いことしないで!」
ラナは店主の腕を掴み、檻の中の子どもから引き離そうとする。しかし、店主は離そうともしなかった。
「お嬢ちゃん……優しいんだねぇ。でも、これはうちの商品だからね。商品がお客さんに手を出して怪我でもしたら大変だろ? 商品のしつけをするのも私たち店員の役目だからね。
でもね、商品価値が落ちるから顔は殴ってないんだよ。ほら、顔、まだ綺麗だろ?」
駄々を捏ねる子供を諌めるようにラナに優しく忠告する店主に、ラナの思考は混乱した。この目の前にいる人間が、なにを言っているのか理解することを脳が拒み、言いようのない黒い感情が腹の中をのたうち回っている。
周りを見渡しても、この子どもに目を向けるものはおらず、たまに止まっている人間は、他の動物を珍しそうに眺めるだけで、対して気には留めてないようだった。
(そうだ! お金! お金払えば、この子を解放できる!)
「あ、あの、この子は……この子……は……」
ラナがどうしても子どもの値段を切り出せずにいると、店主は顔を明るくした。
「ん? ああ! 気に入ったのかい!? これはね、金貨三百五十枚だよ!」
(金貨三百五十枚!? そんな大金、持ってない!)
「いやぁ……お嬢ちゃん気に入ってくれてよかったよ! 中々売り手が付かなくてね……脚が鶏なのがいけなかったのかな……? やはり掛け合わせるならラクダや……砂大蛇も良かったかもしれないね! 奴隷として店で働かせるにしても力がないし、そろそろ処分しようかと思っていたところなんだけれど……あぁ! ごめんよお嬢ちゃん。君にはわからないことだったね!」
「処分……?」
(この子、このままだと、殺されちゃうの……?)
ライラが言っていた言葉を思い出す。スーク・カルハンにおいて、命は砂粒よりも軽いと。寒くもないのに体の震えが止まらない。
もういっそのこと、ハッタリを言ってこの子を解放しよう、と口を開けようとした時、ラナの口に大きな手が回ってきた。
「……!?」
「こんにちは。今日も良い商売日和だね」
(サネヤ……!?)
ラナの口に手を回したのは、サネヤだった。サネヤは子どもやラナに目を向けることなく、店主の方に柔らかい笑顔を浮かべている。
店主はサネヤをラナの保護者と思ったのだろう。手を切り揉みしながら、サネヤに擦り寄った。
「おやおや、お嬢さんのお兄様でいらっしゃいますか!? いやはや、この妹さんはお目が高い! この生物はハジャルの神器を使って、人間の赤ん坊と犬と鶏を掛け合わせたものでして……妹さんの遊び相手にするもよし、家畜の餌にするのもよし、弓当ての練習にするのもよしでございます。いかがでしょうか?」
「うーん……そうだねぇ。ただ、随分と弱っているようだけれど」
「いやはや、流石でございます。そこに目がいくとは……お察しの通り、人造でございますから、長生きはおそらくできないと思われます……しかし! だからこそ! 妹さんに命の尊さを教えるのにちょうど良いのではないでしょうか!?」
(この人なに言ってるの!? こんなことしておいて、命の尊さ!? 馬鹿じゃないの!!)
激しい感情がラナの中で爆ぜる。店主を睨みつけ、足を地面に叩きつけるが、店主は気づきもせずに、サネヤに媚びを売るようにニコニコとしている。
サネヤは子どもの顔を一度だけ見て、さらに周りの檻を見渡すと、何かを納得したように軽く頷いた。
「あぁ、確かに貴方の言うとおり、命の尊さを教えるにはいいかもしれないね」
「そうですか! なら……!」
「その前に……ちょっと奥にあるあの檻も見せてくれないかな?」
「こちらでございますか?」
サネヤが奥にある檻を指差す。店主がサネヤが指差した奥の檻に近づき、顔を近くに寄せて屈んだ。
その瞬間、サネヤは懐に手を入れる。懐に入っていたなにかを手に持ち、それを周りに見えないように奥の檻に向けた。群衆のざわめきででなにを言ってるのかは全くラナには聞こえなかったが、それが終わると、店主が屈んで見ていた檻の鍵がバキッ! と乾燥した木を踏んだような音がした。
檻に入っていたのは、牙をむき出しにして威嚇していた獅子だった。
獅子は、檻の鍵が壊れたのがわかったのだろう。扉を頭で押して出てこようとした。
「あっ! 鍵が……! やばいやばい! おい! 檻に引っ込んでろ!!」
店主が必死に檻の扉を閉めようとするも、獅子は大人しくすることはなく、店主ごと扉を突き破って外へと出てきた。店主はゴロゴロと枯れ草のように地面に転がっていく。獅子は店主のほうへ牙を剥きながらゆっくりとその足を進めた。
「や、やめろ! こっちにくるな! やめろ!」
店主は獅子に向かって手を伸ばし、静止するが、その腕は獅子の大きく開いた口の中へと吸い込まれていった。
「ぎゃあああああ!!!! う、腕が……! 俺の腕が……!!」
店主の腕が千切れ、獅子の口の周りが血で汚れた。地面にぼたぼたと血が垂れ落ち、地面に大きく黒いシミを作った。
「ひっ……!」
ラナが思わず手のひらで目を抑える。サネヤは懐から手を離さず、また何かをモゴモゴと口の中で唱えると、今度は熊の入った檻と子どもの入っていた檻の鍵が壊れる。
熊はのっそりと檻を這い出ると、子どもの檻に近づく。子どもは檻の扉を開き、外に出ると、首輪にヒビが入り、砕けて地面に落ちた。
「ありがとう、お兄ちゃん……」
「ここから逃げられるかは君次第だよ。さ、行きな」
子どもはそのまま熊の背中に乗る。熊は子どもを襲うことなく、大人しく子どもを背中に乗せて、人混みの方へと走っていった。
熊が走り去った方からは、人の悲鳴が聞こえてくる。店の方では、獅子が店主の足を咥えて店の奥の方へと引き摺っていった。床の後には血を引き摺った後がびっしりと残っており、骨を砕くような音と、肉を割くような音が暗闇から聞こえてきた。
サネヤはラナの手を掴むと、熊が行った方向とは逆の方へと足早にその場から離れる。サネヤが掴む手は強く、あざになりそうなほどだった。
人混みに戻ると、サネヤは眉間に深い谷を作り、ラナを睨んだ。
「ラナ……どうして僕から離れたの」
「こ、声が……したから……」
「確かに僕もそばから離れないでって言わなかったけど……一人でいたら危ないでしょ」
「ご、ごめんなさい……」
思わずラナがサネヤから目を逸らそうとすると、サネヤはそれを許さないとばかりに手をさらに強く握る。ラナは痛みで顔を顰めた。
「さっき見た店みたいなことが、この街では当たり前にある。人の命や尊厳なんか、ここではないに等しいんだから。だから、もう僕から離れちゃダメだよ」
「うん……わかった……」
ラナが頷くと、サネヤはやっと手と眉間の皺を緩めた。
「ラナの姿が見えなかった時本当に心臓に悪かったんだから……」
「ガウルみたいなこと言うなぁ……」
「そのガウルさんも、苦労してるんだね……」
サネヤがため息を吐いて苦笑する姿に、ラナは頬を膨らませた。
「ラナ、いい子だもん」
「いい子だね。でも危ないことしないで」
「しないもん」
「うんうん、じゃあ、僕の手を離さないでね」
サネヤとラナは再び店を巡り始める。今度の店は傍目から見れば、普通の装飾品などが並んでいる店で、ラナはほっと息を吐いた。
何軒目かの店を後にして歩いている時、先ほどの光景を思い出して吐き気を催したラナは、気を紛らわさせようと、サネヤに話しかけた。
「そういえば、サネヤはなにを探しているの?」
「あぁ、言っていなかったね。僕は神器を探しているんだよ」
「神器? そういえば、さっきの人たちも神器って言っていた……」
熱狂する人々や、先ほどの店員の口から神器という言葉がいくつも出てきたことを思い出す。血走った目で、口の端から泡を出しながら捲し立てる様子を思い出すと、ラナはまた胸がムカムカとしてきた。
「うん、神様が作った道具だったり、使っているものだよ。大抵魔法みたいな不思議な効果があるんだ。普通は一般には出回らないし、神殿勤めの神官でもない人間が触ったりすることなんかできないんだけどね。
ここは盗品や公には言えないようなルートで入手したものがたくさんあるから」
「ふーん? そのサネヤが探している神器? っていうのはどんなものなの?」
「星読みの神が持っている運命の羅針盤っていう神器が欲しいんだ。
羅針盤に探し当てたいものに関連したもの……例えば、動物を探しているのなら、その探している動物の毛や爪を羅針盤の中に入れるんだ。人なら、血縁者の血を垂らしたり、その人が身につけていた装飾品を羅針盤に入れるて、探したいものの名前を呼ぶと、羅針盤の針が指してくれる。どこにいようとも探し当てられる神器なんだよ」
「それで探し物するの? その星読みの神様にお願いしたほうが早くない?」
ラナが至極当然のように言うので、サネヤが苦笑した。
「神様には簡単には会えないよ。それにね、カリマーラで聞いたら、星読みの神の神殿は廃墟になっているらしいし、今は星読みの神もほぼ信仰されていない。
僕の記憶では、すごく信仰されていて、政治にも関わっていたはずだし、大きな神殿が高い山の上にあった気がするんだけど……今はただの砂丘だって。何故か僕の記憶とズレてるんだよね……
まぁ、言っても仕方ない。だから、あるならここだと思って」
(高い山なんてパルディス以外であったっけ……まるで神様と人間が仲良く暮らしていた時代の話みたい……)
ぽやぽやと笑いながら昔話をしていたサルディンの話を思い出しながら、空を飛んでいる時の光景を脳裏に描くも、サネヤの言うような高い山はラナの記憶にはなかった。
「それで、その羅針盤見たことあるの?」
「うん。星読みの神がしていたお祭りで使われていた時にね」
「お祭り? 楽しい?」
「楽しいよ。花火が打ち上がったり、踊ったり……今度、ラナも一緒に行こうか。美味しいものが売ってる屋台とかも沢山出てるんだよ」
「わぁ……! いいなぁ」
(楽しい話してたら、気持ち悪いのマシになってきたなぁ。お祭り、行きたいなぁ)
ラナが浮かれていると、サネヤは眉間に皺を寄せ、腰を折り曲げてラナの耳元に口を寄せる。どうしたのかと、首を傾げてサネヤを見上げた。
「ラナ、やっぱり神器は大通りの店にはないみたいだ。さっきハジャルが言ってたの聞いた?」
「聞いたよ。オークションってやつするんでしょ」
「そう。神器があるならハジャルのオークションだ。行けそう?」
本当はまだ体はふらつき、鼻は様々な匂いで今にも曲がりそうだったが、サネヤの役に立ちたいという一心でラナは自分を奮い立たせた。
「大丈夫! ラナ、オークション行ける!」
深く頷き、拳を作って何度も振る。そんなラナの様子を見て、サネヤの眉間の皺は和らぎ、口元には笑みが戻った。
「よし、じゃあ行こうか」
「おー!」
ラナは拳を空に振り上げる。歩いていた男に拳がぶつかり、嫌そうな顔をされ舌打ちをされたが、ラナの意識はすでにサネヤの役に立つことしか考えていなかった。
ハジャルのオークションは、街のちょうど中央に位置する、ハジャルの神殿で行われていた。
神殿は灰色の石を積み上げた建物で、街のどんな建物よりも大きく、まるで塔のようだった。神殿の周りにはハジャルを模した石像が置かれており、献上品を置くための机などが置かれている。
オークションを聞きつけた人間たちがすでに大量に集まっており、ハジャルの神殿の周りには人の壁が出来ている。神殿の入り口には神官と思わしき、ハジャルと同じように派手な服を着ている人間が立っており、中に入ろうとする人間の受付をしていた。
「まだオークションの時刻でもないのにこんなに集まってる。みんなせっかち?」
「そうだね。ここにいる人たちはみんなせっかちだし欲深いし、自分のことしか考えてない人たちだよ」
「サネヤは違うよ!」
ラナは胸を張り、サネヤの手を握る。サネヤは何か言いたそうに口を開きかけたが、瞳を揺るがせ、結局なにも言わないまま口を閉じた。
「……ラナはそのままでいてね」
「ラナはずっとラナだよ」
「そうだね。いい子だ」
「うん、ラナいい子だよ。おじちゃんもライラもよくラナはいい子だね。かわいいねって言ってくれるよ」
「うん。ラナは、かわいい、すごくかわいい。いい子だよ」
「えへへ」
他愛のない話をしながら受付の列に二人が並んでいると、ついに二人の番になった。神官が二人の頭から爪先までを舐めるようにじっとりと見る。ラナの手に持っていた砂蛍の入ったランタンを見ると、親指で石畳の通路の奥を差した。
「オークション会場は通路を真っ直ぐ行った先の大広間である。好きな場所に座って構わない。オークションが始まったら、落札したいものがあればこの木札を掲げるように」
神官は無造作に数字の書かれた木札をサネヤの胸に押し付け、サネヤたちに興味を失ったように次の人間へ視線を移し、同じように淡々と説明をし始めた。
二人はゆっくりと薄暗い廊下を歩いていく。壁にかけられた燭台が風もないのにゆらゆらと形を変えて不気味な影を作っており、ラナは無意識にサネヤの手を掴み、体を寄せた。サネヤはラナの手を包むように握り返した。
廊下の突き当たりには、巨大な両開きの鉄製の扉があった。扉を潜り抜けると、表でまだ並んでいた人間たちが入っても、まだ収容できそうなぐらいの巨大な空間が広がっていた。窓などは一切なく、壁にかかっている燭台の光だけが室内を照らしている。
半円状になっている観客席が階段のように連なっており、中心にある舞台から放射線上に伸びており、舞台の上では、神官たちが舞台袖の向こうから机を出したり、幕を張ったりと忙しなく動き回っている。
舞台の中心には、大きな壁画が描かれており、おそらくハジャルであろう人物が偉そうに椅子に座って人間に崇めたてられていた。
ラナとサネヤは空いていた観客席の一番後ろの列、壁際に身を寄せ合うように座る。
ラナが周りを見渡すと、血走ったような目で舞台を眺めている男や、密談するように小声で話し合う者たち、胸元を大きく開け、貴金属をでっぷりとした肉体に身につけている大柄の女が、耳障りな高い声をあげて連れの男になにかを喚いていたりなど、マシになった体調が一気にまた悪くなっていくのを感じた。
「ねぇ、オークションってすぐ終わる?」
「どうだろう……ハジャルの機嫌次第かな」
「機嫌良いとどうなるの?」
「すっごく長くなるだろうし、良いものたくさんオークションに出してくれるだろうね」
「うへぇ……」
思わず顔を顰めたラナに、サネヤは水の入った皮袋を差し出す。少し少なくなった皮袋を大事に両手で持つと、ラナは少しずつ喉の奥へと飲み込んでいった。
「早く終われば良いのに……ねぇ、オークションってなに?」
「オークションはね、舞台の上で神官たちが品物を一つずつ出していくんだ。
まず神官が値段を発表する。それを聞いて商品を欲しい人がこの貰った木札を上に掲げて、神官が発表した値段より高い値段を言うんだ。そこで他に木札を上げる人がいなかったら、その人が言った値段で買える。
でも、他に欲しい人がいて、さっきよりも高い値段を言われると、それよりももっと高い値段を言わなきゃいけない。
一番高い値段を言って、他に誰も木札を上げる人がいなかったら商品を買う権利を得られるんだよ」
「じゃあ、すっごーく高い値段言われたら、運命の羅針盤買えないの!? サネヤ、どうするの!?」
「ん〜最初から競り落とすつもりはないんだよね」
「どういうこと?」
「運命の羅針盤が誰の手にあるかを知れればいいんだ。絶対に僕の所持金で買えるような値段じゃないからね」
「わかんない……」
「大丈夫、ラナは知らなくていいんだよ」
サネヤはラナの頭を撫でる。はぐらかされたような気になり、ラナは下唇を突き出し、サネヤの体に頭をぶつけた。
「サネヤ、ちょっとイジワル」
「ごめんごめん」
サネヤは両手でさらにラナの頭を撫でくりまわし、髪をぐちゃぐちゃにし始める。ラナはさらに唇を尖らせて乱れた髪を手櫛で梳かした。
「もうラナは怒った。オークションが始まるまでサネヤを枕にして寝ちゃうもんね」
「うん、おやすみ」
「始まったら起こしてね。起こさなかったらサネヤの髪引っこ抜いちゃうからね」
「わかったわかった」
ラナはサネヤの膝の上に頭を乗せ、体を丸く縮こまらせる。サネヤはラナの体をトントン、と寝かしつけるように何度も優しく叩いた。
トントン、と叩かれる感覚と、サネヤの体温で、ラナの瞼は次第に落ちていく。群衆から漏れ出る砂嵐のような不快な声が、サネヤのトントン、と叩いてくれる手の感覚で遠ざかっていくのを感じ、ラナの意識は遠くに行った。
「ラナ……ラナ、起きて。始まるよ」
体を揺り起こされ、目を開く。周りはすでに人で溢れかえっていた。
舞台の上には、大きな机が一つだけあり、燭台で囲まれてどの席からでも机の上が見えるようになっている。
机の上には、布がかけられているなにか大きな塊がある。その隣では、でっぷりと腹が出た神官が、重そうな体を左右に揺らせていた。
ラナはよだれを袖で拭き、寝ぼけている頭を振る。長く赤い髪の毛が左右に広がった。
「ごほん! え〜ハジャルの友よ。皆、よくぞこのオークションへ来てくれた。これから出す品々は、ハジャルの貯蔵庫から出された、素晴らしい逸品である。ハジャルの恩恵と慈悲をしかと受け止めるように」
神官は芝居がかったように、よく通る声で話し始める。室内はシン、と静まり返り、神官の足音と忙しない息遣いだけが聞こえた。
神官が机上の布を取り払う。机の上には、どこにでもあるような、薄汚い、縁の欠けた水瓶が置かれていた。
「さぁ! こちらの品は豊穣の神、サルディンが持っていたとされる水瓶です! 星空が輝く日に外に置いておくと、雨も降っていないのに水が溜まっているとか! この品は金貨五百枚から!」
「金貨六百枚!」
「金貨六百五十枚!」
先ほどの静寂はどこへ行ったのか、人々は我先にと木札を上げていく。ラナは思わず身を縮こませて、サネヤにひっついた。
(サルディンおじちゃん、あんなの持ってるなんて話聞いたこともない……絶対嘘だ。どこにでもある水瓶だよ)
「さぁさぁ! 金貨九百二十枚! 他にいませんか!? それでは、この水瓶は八十二番の友に! おめでとうございます! 貴方にハジャルの加護ぞあらん!」
ゴン! とどこからか大きなものが落ちたような音が聞こえ、ふっ、と舞台上の光が消える。
次に光が戻った時、再び机上には布がかけられた塊が置かれてあった。
「さぁ! 次の品物です! それではこちらをご覧ください! こちらの品は、遥か彼方東方の地より流れ着いたとされる人形です! 夜な夜な動き、憎い相手を惨殺するのだとか! 商売敵の家に送り込み、相手を殺すのは如何でしょう!? では金貨六百五十枚から!」
机上には見かけない服を着た、黒い髪の人形が座っていた。肌は薄汚れており、表面の絵の具がひび割れて不気味な人相になっている。
(確かに不気味な見た目だけど……別に普通の人形っぽいけどなぁ……それにしても、殺すとか酷いこと言うなぁ)
「金貨七百七十枚!」
「金貨八百十枚!!」
「金貨八百六十枚!」
「プッ。ただの子供のおもちゃなのに……必死になって、本当に愚かだな」
サネヤが口元に手を当てて、心底小馬鹿にしたように失笑する。ラナはそれを見て、じわっと黒いものが胸の内に広がっていった。
「サネヤ、イジワル?」
「ん? あぁ、ごめんね。あまりにもこの人たちがおかしいから」
「ん〜あんまりそういうのよくない」
「そうだね。ごめんねラナ」
サネヤはすぐに元の穏やかな顔に戻るも、ラナが感じた違和感はすぐには消えない。なにかを言おうとするが、黒いものの正体を言語化することができず、ラナは口を開いたり閉じたりした。
「こちらの品は金貨九百二十で七十三番の友に! おめでとうございます! ハジャルの加護ぞあらん!」
ゴン! と再び大きな音が響き、また舞台の光が消え、同じように机上に布で覆われた大きな塊が現れた。おそらく、これを繰り返していくのだろう。
ラナは一人でいるような感覚を抱えながら、自分のつま先を眺めた。
人々の熱気は止まることを知らなかった。
いくつもの胡散臭い品々が舞台上に現れ、木札が上げられていく。サネヤは冷めた目で机上の品々を見据えており、ラナは俯いて両手を膝の上で握りしめていた。
「……では! 次の品に行きましょう! 皆様! コレは素晴らしい品ですよ! 心してご覧ください! カリマーラに座する神! ハジャルに仕える私としては憎らしいですが、今一番この大陸で信仰されているでしょう、あの! ザラファスが血眼になって探しているという! それがコチラです!」
布が取り払われ一際大きな塊が姿を現す。
ラナはその時、何故か俯いていた顔を上げて舞台の上を見てしまった。
「え……」
机上にいたのは、同胞のアルラーミアだった。
光に照らされ、赤い羽は虹色の光沢を放っている。嘴は艶やかで、鉤爪もピンと整っていた。だが、その瞳には生気がなく、ラナと同じ緑の瞳は輝いているだけで、瞬きもしなければ、呼吸をしていなさそうだった。
周りからは感嘆の声が湧き上がり、熱気も一層強くなったような気がした。
「さぁ! 絶滅したと言われるアルラーミアです!
天空の神、シェライルの眷属と言われたアルラーミアは人間に恩返しをする習性があり、それを利用されて狩り尽くされ、一昔前に絶滅したと言われています!
残念ながらこちらは生体ではなく、剥製ですが! それでもこの羽の美しさは損なわれてはいません! さぁさぁ、皆様! こちらを店の店頭に置いて客寄せするなり、インテリアにどうでしょう!? こちらの品は金貨二千枚から!」
「金貨二千十枚!!」
「金貨二千百枚!!」
ラナの全身から血の気が引いていく。眩暈がする視界で周りの人間の顔を見ると、皆、唾を飛ばし、口元を歪ませている。誰も彼もが醜悪な姿で、机上の同胞の亡骸を求めていた。
「ど、どうして……なんで、こんな、酷い……」
ぼたぼたと涙が流れ落ちていく。握りしめた手のひらに爪が突き刺さり、血が流れた。
ラナは今すぐにでも同胞の元に走っていきたかった。
今すぐに名も知らぬ同胞の亡骸を抱きしめて、パルディスに連れて帰りたい。こんな狭い空も見えない場所ではなく、あの緑豊かな場所に返したいと強く願った。
咄嗟に立ちあがろうとしたラナの肩を、誰かが強く掴んで座り直させた。
キッ、と睨むと、サネヤが鋭い眼差しでラナを見つめていた。
「サネヤ離して……!」
「駄目だよ。今舞台の上に行こうとしたね。そんなことをしたら、ハジャルの神官たちやここにいる人間たちに酷い目に合わされるよ」
「だって!」
「仮に、君が舞台の上に行ってどうするの? あの可哀想な鳥さんの剥製を持ってこの群衆から逃げられる?」
「……ッ!!」
「それに、僕の言うこと聞くって約束したよね」
「で、でも……」
「我慢して、ラナ」
唇を噛み締め、ラナは座り直す。濡れた視界で舞台の上見ると、生気のないガラス玉の瞳と目が合った。
「ごめんね……ごめんねぇ……」
嗚咽を漏らしながら、ラナは耐えられずに俯いた。その背中をゆっくりとサネヤが撫でていく。
値段がどんどん釣り上がっていき、これ以上ないほど群衆の熱気が高まった時、値段が決まってもいないのに、ゴン! という音が鳴り響いた。
一瞬にして静寂が訪れる。舞台上の神官も何事かと周囲を見回した。
「なんたる……なんたる不遜!! ザラファス様が探されていると知っていながら、献上せずこのような場にアルラーミアを置いておくとは!」
ラナたちが座っている観客席の丁度反対側、そこから声がした。
そこには、全身真っ黒な服を着た、長い杖を持った男が立っていた。男は杖を地面に叩きつけ、周囲を威嚇するように音を出し続けた。
「ザラファスの信者だ……」
「ハジャルのお膝元にまでいるのか……」
周りが息をひそめるように、小声で話していると、ザラファスの信者は周囲の声を意に介さず、舞台上のハジャルの神官を指さした。
「今すぐこのような茶番は終わりにして、すぐにでもそのアルラーミアの剥製をザラファス様に差し出すのだ!」
「何を勝手な……ここは貴様らザラファスの神殿ではない! ハジャル様がおられる場所だッ!」
神官は巨体を震わせ、目を見開き、口から泡を飛ばしながらザラファスの信者に言い返す。ザラファスの信者は歯ぎしりをしながら、杖を床に叩きつけた。
「ハジャルがなんだと言うのだ! 一柱では何もできぬ無能な神ではないか! 現に、ハジャルの信仰心は年々減っている! どうせこのオークションも信仰心を集めるためのものだろう! 無駄なことを……遠くない未来、すべてのものはザラファス様を信仰するようになるのだ!!」
「貴様ァ! 言わせておけば……!! 衛兵! 今すぐこの不届きものをひっ捕らえよ!」
神官が舞台袖に向かって叫ぶと、そこから槍を持った男たちがワラワラと出てくる。ザラファスの信者は杖を何度も床に叩きつけ、ザラファスへの祝詞を唱え始めた。
「ザラファス・イル・トフェニス・レンヌゥ・エピトロン……ザラファス・イル・トフェニス・ラヌトゥルヌゥ・エピトロン……」
ザラファスの信者が衛兵たちに囲まれ、槍を向けられる。しかし、ザラファスの信者は衛兵たちに意識を向けることなく、首からかけていたメダリオンを握りしめ、ひたすら祝詞を唱えていた。
「もうよい!! 興醒めだ!」
部屋に声が響き渡る。ザラファスの信者も、神官も、部屋にいる群衆も皆、声のする方へ顔を向けた。
声は舞台上にある壁画の向こうから聞こえてきた。壁画を見てみると、少しずつ歪み、その中心からまなじりを釣り上げたハジャルが現れた。
ハジャルの姿を見た神官は、オロオロと手を体の前で振り、何かをハジャルに話しかけたが、ハジャルは神官の体を腕で押し除け、見もしなかった。
「ザラファスの犬よ! ここは余の街、余の統べる場所! 余こそが何よりも尊き存在! それをわかっていながらその暴挙、許しがたい!」
「ふん、何を言っているのか。他の神々のように消えてしまうのを震えて待つ矮小な存在であるくせに!!」
ハジャルは顔を歪め、右腕を上げる。
ハジャルの宝石が大量についた腕輪がキラリ、と光った瞬間、ザラファスの信者が糸の切れた人形のようにその場に倒れた。
ゴシャ、と言う音が部屋に響き渡る。ザラファスの信者を見てみると、泡を噴きながら白目を剥いており、ピクリとも動かない。周りの群衆からは悲鳴が湧き上がった。
ラナはヒュッ、と息を呑み、身をすくませてサネヤの影に隠れる。サネヤは何も言わず、ただジッとザラファスの信者が倒れた場所を見ていた。
「業腹である。飽きた。もうよい、余は部屋に戻る。さっさと散るがいい」
ハジャルは怒気を含ませた声で群衆を見下すように見渡すと、出てきた頃と同じように壁画の中へと消えていった。
ザワザワと群衆が波打つようにどよめく。衛兵たちがだらり、と伸び上がったザラファスの信者の腕と足を持って、無造作に外へと運び出した。
「あ、あの人、気絶したの……?」
「いや、あれは精神を壊されて廃人になってるね。あの腕輪、ハジャルの神器だろう。ハジャルは精神に干渉するものをよく使うから」
「廃人?」
「死んでるのと同じ」
「酷い……」
「酷くないよ。ここはハジャルの信仰の地。そこでハジャルを崇め讃えず、ましてや他の神を奉るようなことを言って、信者にもハジャルにも面を向かって喧嘩を売ったんだ。当然の末路だよ。ハジャルは寛大な神ではないと、ザラファスは教えなかったのかな」
サネヤは淡々と当たり前のように喋る。その姿にラナは薄寒いものを感じた。
ラナの周りにいた群衆たちが、ため息を吐きながら席を立ち始めた。
「せっかくのオークションだったのに……神器もまだ出ていなかったのに、余計なことを……」
「でも仕方ない、実際ハジャルよりもザラファスのほうが……」
「シッ、まだハジャルが聞いているかもしれない……」
「あーあ、帰るか。ハジャルの気分屋も困ったもんだな……」
人が廃人になったというのに、周りはそんなことよりも、自分の利益しか見ていない。
ここにはパルディスのような穏やかな空間はないことを、ラナは確信した。
(おかしい……この街は、ここの人たちは……どうしてこんなに酷いの……)
舞台上の同胞が、神官たちの手によって舞台袖に持っていかれる。ラナはそれを唇を噛み締め、縋るように目で追いかける。
群衆のざわめきは次第に落ち着いていき、室内からどんどんと消えていった。残ったのは、サネヤとラナ、舞台を片付けている神官たちだけで、先ほどまでの熱気はどこに行ったのか。ガラン、と広い空間が広がっていた。
サネヤは顎に手を当て、何かを考えるように壁画の方を睨んでいる。ラナは恐る恐るサネヤを見上げると、ラナの視線に気づいたサネヤが腰を屈め、ラナの耳元で囁いた。
「ラナ。オークションに神器は出てこなかった。けど、あるならハジャルの貯蔵庫だ。だから僕はハジャルの貯蔵庫に行く」
「え……? 行ってどうするの?」
「盗む」
「だ、駄目だよ!」
大きな声を出したラナに、神官たちが目を向ける。ラナは慌てて、声をひそめ、背伸びをしてサネヤの耳元で話した。
「だって、盗みは悪いことなんだよ? さっきの人みたいに、廃人? になっちゃうよ?」
「大丈夫。前もスーク・カルハンで似たようなことをしているし……それに、運命の羅針盤は最初から盗むつもりだったから」
「え!? 悪いことだよ!?」
「うん。悪いことだね。でも、僕は目的のためなら手段を選ばない。それに、ここの連中に酷いことしても、それは因果応報だからね。良心は痛まないよ」
「でも……」
ラナが戸惑っていると、サネヤは人の良さそうな笑顔を浮かべ、ラナの両手を掴んだ。
「貧者の味方、フェリド神は盗みや殺しも生きるためなら許してくださる。弱いものの味方だから。だから、他の神々がこの行いを許さなくてもフェリドは許してくださるよ」
「そうなのかなぁ……ラナは、会ったことないからわかんない……」
「ラナは僕についてきただけ。だから、神々もラナを怒ったりしないよ」
ラナの脳裏に穏やかなサルディンの顔が浮かび上がった。脳裏のサルディンはただニコニコといつものように笑うだけで、良いとも悪いとも言ってくれない。
ラナは迷いながらも、サネヤの言葉に浅く頷いた。
「よし、じゃあ一旦外に出よう」
「う、うん」
サネヤはゆっくりと出口へと足を進める。ラナは部屋を後にする前に、室内を振り返った。
神官たちも皆、消えてしまい、誰もいなくなった舞台上に、ハジャルの壁画だけが爛々と照らされている。
壁画に描かれたハジャルの目が陽炎のように揺らめいたように見えた。
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