第4話 サネヤがやってきた


「サネヤまだかなぁ。そろそろ来るかなぁ」

 凍えるような夜風が窓から部屋に入ってくるのも厭わず、ラナは窓の外に乗りでてラシッドの館の前にある通りを見下ろしていた。

 サネヤが早く来ないものかと足をバタバタと動かしていると、うんざりしたように顔を顰めた非番のハキムがラナの首根っこを掴んだ。ラナは不思議そうにハキムを見上げ、首を傾げた。

「うるせぇぞクソガキ。ライラたちが仕事中の時は宿舎にいつも居座りやがって……こっちは非番なんだからゆっくりさせろ。黙って居られないなら部屋の隅で口塞いでろ」

「ハキム口悪い! ラナ、クソガキ違うもん!!」

「この間も客に向かって当たり前みたいに、『ご飯自分で取ってこれないから、お金払わないとメスにアピールできない可哀想なオス』って煽ってたやつは十分クソガキだろうが。タリクのやつ頭抱えてたぞ」

「本当のことだもん! だって、ラジュルも事務室で休憩中に言ってたもん! よくわかんないけど、ここに来るオスはみーんな、ご飯自分でとって来れない弱いオスなんでしょ?」 

「何をどう勘違いしたのか知らんが、本当のことでも言っちゃいけねぇことたくさんあるだろうが。母親に教えてもらわなかったのか?」

「言っちゃいけないこと? 寝てるガウルの毛を毟ったこととか?」

「何してんだよ。そのガウルって奴禿げるぞ」

「ガウルはフッサフサだから平気だもん!」

「歳をとるとそのフッサフサも砂漠のようになるんだよ」

「ならないよ! ハキムはガウルのフサフサ見たことないからそんなこと言うんだ」

 ハキムはラナを部屋の隅の方へと押しやる。ラナはほっぺをぷくぷくと膨らませ、羽を羽ばたかせるように腕を動かした。

「ハキムは乱暴者だ! いけないんだ! 悪い子にはこわ〜いジンが来るのに!」

 ポコポコとハキムの腕を殴るラナに、心底うんざりしたようにため息を吐き、ラナの頭を平手で叩く。乾いた音が部屋に響いた。

「その怖いをジン連れてきたらお前にも優しくしてやるよ。わかったら黙ってろ」

「むうう!!」

 鳥の姿の時であれば毛玉のように膨らんでいただろう。ぷりぷりと怒りながら再び窓の外を見た。

 ラシッドの館は夜には、女を買う男たちが出入りしている。ラナはライラたちに、仕事中は門番たちの宿舎に行くように言われていた。その理由はラナにはよくわからなかったが、夜のうちは手伝えることがないと知ると、おとなしく宿舎にいた。

 宿舎は、壁に囲われたラシッドの館の敷地の中にある。本館であるライラたち娼婦が寝泊まりし、仕事場でもある場所とは少し離れており、ラシッドの館の玄関に程近い場所にある。

 ここ宿舎は、門番や経理、館の力仕事をする男たちの寝泊まりする場所だった。

 宿舎は三階建ての建物で、景観を損ねないように本館と同じく外見は大理石で覆われているが、中は華美な本館とは違い、質素で明かりも少ない。部屋は基本相部屋で、ラナがいるのはハキムとタリクの部屋だった。

 三階にあるこの部屋には、固そうなベッドが二つと、大きな机が一つ。椅子が二つに、衣装入れがあるだけだった。

 ラナは宿舎の非番の者の部屋に入り浸り、今のハキムのように邪険にされていたり、お菓子をもらって遊んでもらっていた。

「今日はお休みハキムだけだから、ラナつまんない。遊んでほしい。ハキム怒りん坊でやだ」

「俺もうるさいのが部屋にいて嫌だよ。ったく、ライラのやつ……慰めにクソガキなんか手元に置きやがって……」

 ハキムの呟きを右から左に流しながら、ラナは窓の桟に顎を乗せる。微かな炎の光に照らされて、通りにいる男たちの顔が亡霊のようにぼんやりと浮かび上がっていた。その中に一人、ラナの目に燦然と輝いて見える男がいた。

「……あ! サネヤ来た! サネヤ!」

 ラナは窓から身を乗り出し、サネヤに向かって手を振る。道ゆく人は何事かと怪訝そうに上を見上げる中、サネヤは口を綻ばせながらラナに向かって手をゆっくり振った。

「サネヤ来たからラナもう行くね! バイバイ、ハキム!」

「ちょっと待て」

 ハキムは部屋を出て行こうと走り出そうとしたラナの肩を掴んで引き戻す。ラナは目を大きく開き、また頬を大きく膨らませた。

「なに!? ラナ急いでるんだけど!? ハキムと遊んでる時間ないんだけど!」

「誰がお前と遊びたいって言ったよ。お前が言ってるそのサネヤ? そいつ今来たなら客だろ」

「? サネヤ、ラナに会いに来てくれるって言ってたよ?」

 ラナはハキムが何を言っているのかさっぱりわからなかった。ハキムの先ほどまで鬱陶しそうに顰めていた顔が、凍りつき、眉間に深い谷ができていく。ラナの肩に乗せた手が痛いほどだった。

「それは……お前、駄目だろ……」

「なにが?」

「ラシッドの館は星と月が天に昇っている間しか営業してない。その時間にお前に会いに来るってことは……」

「ハキム何言ってるかわかんない!」

 ハキムの腕を振り解こうとラナは体をひねるが、指先を軽く握るだけで押さえつけられる。腕を動かそうとするが、ハキムのせいで思った通りには動けなかった。

「とにかく駄目だ。その男は駄目だ。行くんじゃない」

「なんで!?」

「何もわかってねぇクソガキ騙すようなやつがまともなわけねぇだろ。大人しくしとけ。タリクに言って追い返しておく」

 ハキムがラナを無理やり椅子に座らせ、部屋から出て行こうとする。ラナはその背中に飛び乗り、ハキムの体に手足を巻き付けた。

「やめてよ! ラナ、サネヤと一緒にスーク・カルハンに行くんだから!」

「はぁ!? 馬鹿!! あんなところ行ったらお前なんか生きたまま砂大蛇の餌にされるぞ!」

 スーク・カルハンという言葉を聞いたハキムが、背中にひっついているラナを自分の目の前に持ってくる。ラナの頬を、ハキムの大きな手が鷲掴みにした。

「いいか、世の中にはな、タリクみてぇに何も知らねぇガキを諭してくれるやつもいりゃぁな、騙して自分の都合のいいように洗脳するやつもいる。

 タリクみてぇなやつばっかりじゃねぇんだよ。むしろ自分さえ良けりゃ他の奴がどうなってもいいって考えのやつのほうが多いんだ。

 色を売ることも、今まで掃除も、料理も、買い物さえも知らなかったお前みたいな世間知らずは、連中にはいい食い物なんだよ」

 先ほどまでの鬱陶しそうな声とは違い、厄介な客を追い返すときのような、ハキムの砂大蛇が這うような声に、ラナはすくみ上がる。目にいっぱいの涙を溜め、プルプルと震えて口を尖らせた。

「サネヤ、いい人だもん……ハキムの言うような人じゃないもん……」

「まだわからねぇのか。そのサネヤってやつはな、お前を買いに来たって言ってんだよ。この時間にお前に会いに来るっていうのはそういうことだ。

 俺みたいな大きな男が、お前みたいな初潮も来てねぇような小便臭いガキを、ライラたちみたいに買うんだよ。股開かせて、痛くて辛くて屈辱的な思いをさせてぇんだと。

 しかも、スーク・カルハン? あそこに連れて行こうとしてんのか? 頭イカれてんな」

「何言ってるのかわかんない……」

「そうだろなぁ。ライラは体を売るってことをお前に教えてないもんなぁ。これからも、お前には教えないだろうよ。アイツだって、そのサネヤってやつと一緒なんだからな。

 ……お前はもうさっさと自分の家に帰れ。帰るところも待ってるやつもいるんだろ」

 ハキムは掴んでいた手を離し、ラナを視界から消そうとするように、しっしと手で追い払う仕草をする。

 ラナは服を皺になるほど両手で握りしめ、自分の足先を見つめていた。

「やだ。帰んない……ラナ、サネヤに恩返しする……するんだもん!」

「おい! ラナ、待て!」

 ラナは扉を開けて走り出す。後ろからハキムの声が追いかけてくる。喉から血の味が滲む。薄暗い廊下を駆け抜ける。宿舎は玄関に近く、ハキムに捕まる前に行くことが出来そうだった。ラシッドの館の玄関を目指してひたすら手足を動かしていく。体がバラバラに千切れそうになる気がした。

 ラシッドの館の玄関は、受付も兼ねているため、広々としている。白い大理石の床に、壁にかけられている松明が反射していた。

 本館につながる扉の横には受付の机があり、紙の束が積まれている。どの女をいつまで買うか、ここで決めるのだ。

 玄関の間は、女を買うために館に来た男たちが椅子に腰掛けていたり、腕を組んで立っている。皆、肌艶が良く、いい食事をしていることが見てわかる体格をしている。柔らかいゆったりとした肌触りの良さそうな服を着ており、側仕えのようなものを従えていた。昼のラシッドの館の空気とは全く違っていた。

 受付に座り、書類にペンを走らせていた眼鏡の男、ラジュルが、走ってきたラナを見とめて、顔を顰め、指で宿舎の方を指した。しかし、ラナの視界にはラジュルの指示など目に入っていなかった。

 受付をしていた男は、サネヤだった。サネヤは前あった時と同じようにのほほんとしており、走ってきたラナを見て、挨拶するように片手を上げた。

 荒い息を吐き、ふらふらの足でサネヤに駆け寄る。宿舎から玄関までそんなに遠くないはずなのに、あまりにも長い間走っていたかのような錯覚に襲わた。

「サ、サネヤ……」

「僕だよ、ラナ。どうしたの? もう子供はねんねの時間だよ」

「ラナに、会いにきてくれたの?」

「ん? そうだね」

「ラナのこと、買うの?」

「え? 違う違う」

 サネヤは焦ったように首と手を振る。ラジュルが頬杖をついて、嫌そうに眉間に皺を寄せてサネヤを見ていた。

「ラナにお礼したいから、誰に会えばいいのか聞いてたんだよ。お昼にも来たんだけど、門番の人に追い返されたから」

「お客さんじゃないなら帰ってくれませんか? こっちも商売なんでね」

 ラジュルは眼鏡を手のひらで押し上げた後、ペンで出入り口の方を指した。

「少しだけラナと話させてくれないかな?」

「駄目です。買わないならお帰り願います」

「お金なら払うから」

「悪いが、子供は売ってないんですよ」

「買わないよ。話すだけ」

 ラジュルは大袈裟にため息をついて、首を振る。道に落ちていた汚物を見るような目でサネヤを睨んだ。

「そういう奴たまにいるんですよねぇ。話すだけで手は出さないからとか言って、目だけギラギラしてる奴。こちらとしては大変困るんですよねぇ。さ、おかえりはあちらです。他のお客様がお待ちですので早々に回れ右してください。

 ラナ、君はハキムのところに帰って……ああ、ハキム。やっと来たんですか。遅いですよ。非番だから寝ぼけてたんですか? 自慢の筋肉も泣いてますよ」

 ラジュルはサネヤを手で追い払う仕草をすると、ラナの後ろから走ってきたハキムを見て、肩をすくませた。

 ハキムは眦を上げながら、ラナの腕を掴み、サネヤのそばから自分の側へと引き寄せた。

「うるせぇぞ、ラジュル。その眼鏡叩き割ってやろうか」

「他のお客様もいるんですから、乱暴な口を聞かないでください。ああ、お待たせしました。申し訳ありません、お客様。ご指名は? マーイですか? 申し訳ありません。彼女は今不在でして……」

 ラジュルは他の客に愛想のいい顔を向ける。サネヤのことはすでにいないものとして扱っていた。

「ラナ、戻るぞ。他のお客様に迷惑だろ」

「やだ! サネヤと一緒にいる!」

「言うこと聞け!」

「いーやーだー!!」

 ラナの声が大きくなるほどにラジュルの顔が引き攣っていく。周りの客も迷惑そうに顔を歪めてラナの方を睨んだり、舌打ちをしたりした。

「ラナ、また今度会おう。お店の人にも迷惑だから……」

「や! ラナは今サネヤとお話しするの!」

「言うこと聞けクソガキ!」

「あ〜うるさくて申し訳ありませんお客様〜すーぐに連中黙らせますから〜」

 娼館とは到底思えない混沌とした騒ぎの中、本館に続く廊下の向こうから、バタバタと少年が走ってきた。

「あ、あの! ラジュルさん! ライラさんがその、サネヤさん? にお会いしたいと、お部屋にお通ししてくれと言われまして……!」

「は? ライラが? なにを考えて……あーめんどくさい。ライラの価値が下がってしまう……お客様〜サネヤ様〜、ライラのお部屋にどうぞ。さ、ラナ。彼はお客様なので諦めてハキムと帰りなさい」

 覇気のない声と共に、ラジュルは本館の方へと手を向けて、さっさといけと言わん雰囲気を出している。

 ラナはほっぺを膨らませて、唇を尖らせた。

「ラナもサネヤと一緒にライラの部屋に行く……!」

「ダメに決まってんだろ。ほら、帰るぞ」

 ラナはハキムに腕を引かれて、ズルズルと引っ張られていった。

「なんであんな奴が……」

「いくら積んだんだ……」

「俺なんか顔も見れないのに……」

 サネヤは周りの客の様子を見て、警戒したように体を固くさせた。

「……ハメられたかな?」

「なにかおっしゃいましたか?」

「いいや」

 少年に先導され、本館に続く長い廊下を歩く。薄暗い廊下に影が長く伸び、まるで怪物のように大きくなっていた。


 

 ライラの部屋は昼間と違い、妖艶な空気が漂っていた。

 薄暗い部屋に照明は少なく、ライラの顔もよく見えない。何か香を焚いているのか、甘い香りが漂っており、部屋は煙たい。

 ライラもいつもの肌触りの良さそうな服ではなく、足や胸、ヘソなどがよく見えるように強調された薄手の服を着ており、口紅が真っ赤に艶々と輝いていた。

 ライラはベッドに腰掛けて長い足を組み、唇を三日月の形にさせて微笑んでいた。

「いらっしゃい、サネヤさん。会いたかったわ」

「初めまして。えっと、ライラさん? だよね」

「ええ、ライラです。初めまして。サネヤさん、こちらのベッドにどうぞ」

 サネヤは狼狽しながら、ライラを直視することはなく、目を泳がせた。

「いや、僕は貴女を買いに来たわけでは……」

「分かっているわ。大丈夫、取って食ったりなんてしないから」

 サネヤは渋々ライラから少し距離をとってベッドに座る。唾が喉の奥に落ちていき、体を硬くさせた。

「サネヤさん、ラナちゃんがお世話になったそうね。ありがとう」

「いいえ、別に……僕が助けてもらっただけで……」

「私ね、ラナちゃんの保護者みたいなものなの。そうね、もうラナちゃんは私の娘みたいなもので、とても大事なの」

「そうなんだ……」

「ええ。だからね、最近物騒でしょう? この間も無名の祠っていう暗殺組織がザラファスの神官を殺したっていう話も噂で流れてきたし……物盗りも増えたじゃない?」

 ライラはサネヤの真隣に座り、肩にしなだれかかる。ライラの長い髪がベッドの上に流れ、柔らかい肌がサネヤの体にしっとりとくっついた。

 サネヤは思わず身じろぎをし、後ずさる。ライラはそれを許さないとばかりにサネヤの手首を掴んだ後、指を絡めた。サネヤはライラから顔を露骨に逸らし、窓の外を見る。ライラはそんなサネヤの横顔を、獲物を狙う猛獣のような目で見つめた。

「へぇ、知らなかった。最近は物騒で怖いね」

「そう、とても怖いの。だから、ラナちゃんには出来るだけ私の身の回りのお世話しかして欲しくなくて……

 あまり外にも出て欲しくないの……サネヤさんと会えてラナちゃんも嬉しいのだろうけれど……ねぇ、ラナちゃんは貴方の役に立ちたいと言っているけれど、貴方はあの子に何をしたの?」

「たまたま路地裏で大きい人たちに絡まれていたところを助けてもらっただけだよ……あの子は、自分も探し物があると言っていたけれど……何が言いたいのかな?」

 怪訝そうにサネヤは顔をライラの方へと戻し、問いかける。ライラは口元は笑ってはいたが、目の奥には氷のような冷たさがあった。

「わからないの? そう……貴方、スーク・カルハンに行きたいんでしょ?」

「そうだよ。砂蛍を探してるんだ」

「じゃあ、砂蛍を渡したら、あの子にもう近づかないでくださる?」

「どうして?」

「あの子に酷い目にあって欲しくないの」

 ライラはサネヤの手の甲に爪を立てる。皮膚が破れ、真っ赤な血がベッドに流れた。

「君が砂蛍を本当に渡してくれるかもわからないのに、信用できると思う?」

「ここにあるもの」

 ライラはベッドの下からカバンを取り出し、開くと、青と黄色に光る二つの瓶を取り出した。

 瓶の中には数多の砂蛍が光りながら飛び回っている。ライラは瓶の表面を指でなぞりながら、サネヤとは目も合わさずに話し続けた。

「だからね、ラナちゃんにさよならしてくれる? あの子を連れて行かず、一人でスーク・カルハンに消えてちょうだい」

「どうしてそこまであの子に固執するの?」

「貴方が知る必要ないわ。それに、貴方だってあの子をスーク・カルハンに連れていく必要ないはずよ」

「……分かった」

 サネヤは頷くと、ライラはなんの表情も浮かべずに、青い方の砂蛍が入った瓶を無造作にサネヤの方に投げる。

 瓶がベッドに落ち、中にいた砂蛍が一層強く飛んでいた。

「行きの砂蛍だけ渡すわ。それをランタンに入れるだけでいい。あとは砂蛍に任せればすぐにスーク・カルハンに着くわ。

 帰りの分はちゃんとラナちゃんとさよならできたら使いのものに送らせる。フェリドの守り通りの三つ筋の場所にいるんでしょ?」

「へぇ、すごく詳しいね」

 サネヤの探るような質問にライラは何も答えず、冷めた目でサネヤを見つめ、扉の方へ手を向けた。

「じゃあね、サネヤさん。さようなら。もう会わないことを祈っているわ」

「さようなら、ライラさん。君にサルディンの加護がありますように」

「助けてくれないサルディンの加護なんていらないわ。私にはフェリドがいるもの」

 サネヤは砂蛍が入った瓶を懐に入れると、甘ったるい匂いのする部屋から出ていく。

 その背中をライラは瞬きひとつせずに見送った。



「サネヤ帰っちゃった!! ラナまだお話ししてないのに! ラジュルのせいだ! ハキムのせいだ! ライラなんでラナのこと呼んでくれなかったの!? ラナ今からサネヤのとこ行ってくるー! はーなーしーてー!」

「うーるーせーえー!! 黙って寝とけ!!」

 ラナは宿舎の部屋で、ハキムに羽交締めにされていた。

 渋々ハキムと部屋に戻り、先ほどのように窓からラシッドの館の前の通りを眺めていると、サネヤが出ていくのが見えた。声をかけても、サネヤはラナに気が付かなかったようで、そのまま夜の闇へと消えていってしまった。

 部屋から出て行いこうとするラナをハキムはいとも簡単に羽交締めにし、ラナは大声をあげて暴れていた。

「サネヤ……また来てくれるよね……」

「どうだかなぁ……うるさいガキに愛想尽かしたんじゃないのか?」

「ラナうるさくない! うるさくないもん!」

「現在進行形でうるせぇんだよ! 寝ろ!」

 ベッドの上に放り投げられ、布団に包まれる。布団の上からハキムにのしかかられ、ラナはしばらく手足を動かそうとしたが、ハキムの重さに負けてそのまま大人しくベッドに横になった。

「サネヤ……ラナ、恩返しするのに……」

「はいはい、俺にも恩返ししてくれ」

 ぐすんぐすんと鼻を鳴らすラナは、思い切り走ったせいか、瞼がどんどん重くなってきた。ハキムの体温が温かいこともあってか、そのまま目を閉じ、穏やかな寝息を立てて夢の世界へと飛んでいった。

 

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