第2話 新しい日常生活

 極炎の魔術師───あらため、平凡な教師である俺、フレイ・アドラの朝は早い。


 ベッドから体を起こす。それから、横に置いてある金属製の義手を装着した。


『疑似神経の接続を開始します。神経に続けて、術式の移行を……』


「承諾。以後の説明と確認をキャンセル」


『かしこまりました』


 重かった義手が急に軽く感じた。見た目は悪いが性能は最高峰の物を使っている。しかし───


「あれから3年が経過しても、まだ慣れないな」


 俺は自虐気味に笑った。


「さて、朝めしにするか」


 俺は気分を切り替えるために声に出した。


 熱々あっつあつに熱したフライパン。


 その上に、少量の油を広げる。


 それから、切り分けた厚めの食パンを入れて……


「僅かな焦げ目がつく程度に焼いて、ひっくり返す」


 ん~ できたてのトースター。 皿に移して、空いたフライパンに卵を2つ落とした。


 俺は、半熟よりも中までしっかりと火が通った目玉焼きオーバーハードが好きだ。


 それから、新鮮な野菜を取りだして、即興のサラダを作る。

 

 キャベツとレタス。輪切りのトマト。それに冷蔵庫魔道具から取り出したポテトサラダを並べる。 


「これにドレッシングをかけて……ご機嫌な朝食の完成だ」


 これをテーブルに置いて、並べていくと───


 いつの間にか椅子に女性が座っていた。


「毎朝、思うのだが……どうやって鍵のかかった家の中に入ってこれるんだ?」


「私は、斥候と戦士を兼業している。家の鍵なんて、簡単に開けれる」


 彼女の名前は、アイナ・ノクス。


 『亡霊戦車』という2つ名を持つ冒険者。そして。かつての俺の仲間…… 


 1年ほど前だ。教師として隠れて暮らしていた俺を発見すると、こうやって毎日のように無断侵入してくるようになった。 


 冒険者としての生活はどうした?


「心配ない。これはセイラからの任務」


「セイラからの任務だと?」

 

 俺は頭を捻った。 何のためにセイラは元仲間である俺を監視させているのか?

 

「あと、俺の心を読むのはやめてくれないか? アイナさん?」


「読心術は、斥候に必要な特殊技能。心が読まれる方が悪い」 

 

 そう言ってアイナは無表情でピースサインをする。 


「フレイを探して、様子を報告する。それが私の任務。それ以上は知らない」


 彼女はそれだけ言うと、モグモグと朝食を食べ始めた。


「いや、勝手に食べるなよ」


「文句を言いながら、2人分の用意をしてくれてる。フレイ、好き!」


「それ、俺の1人分なんだが……」


 アイナは驚いたように目を広げたが、それでも食事の手を止めなかった。


「ごちそうさま。今日も美味しかった」


 アイナは1人分だけを残して椅子から立ち上がった。


「それじゃ寝る。ベッドを借りる」


 図々しくも、アイナは俺のベッドで横になった。


「やれやれ。自由な身分だな」


 1人になった俺は、玄関を開く。


 彼女は知らないが、この時間帯に取れたて牛乳が配達されているのだ。


 続けて、冷蔵庫から秘蔵の苺ジャムを取り出す。 


 パンの上に、蕩けたバター。 さらに苺ジャムを追加して、完成したのがカロリー爆弾だ。


 これを口に運んで───


「うん、美味い! 糖分が脳を活性化してくれる」


 毎日、こんな感じの朝だ。


~~~ ~~~ ~~~ ~~~ ~~~


 聖ステラ学園のある教室での授業風景。 


「───であるからして、魔法を強化するには術式を刻み、簡易的魔方陣を作ることが効率的だとされるようになった」

 

 俺が教えるのは最新魔法の座学。 毎年、事前に定められたカリキュラムに合わせて、45分間喋るだけ。


 魔法の知識と深い造詣ぞうけいがあれば、誰でもできる簡単な仕事ではあるが……


 俺は教科書から目を離して、生徒たちを見る。


 机にうつ伏せに寝ている生徒。 優雅に食事を取っている生徒もいれば、別教科の勉強をしている生徒もいる。 


 まぁ、学級崩壊している。 これは、さすがに良くないのでは……


 キンコンカンコン キンコンカンコン


 授業の終わりを告げる鐘が鳴り響き、俺は職員室に戻った。


 そのまま椅子に座って、時間の経過を見守る。 


 同僚たちは忙しそうだ。 まるで俺に以外には与えられた仕事があるみたいだ。


 たぶん、本当に俺には任せられない仕事があるのだろう。きっと……


そんな事を考えている最中だった。 


「どうして、ダンジョン配信を部活として認めてくれないのですか!」 


 職員室には似つかわしくない言葉が響いた。


声がした方向を見れば、1人の女生徒が校長先生に詰め寄っていた。


「ダンジョン配信? なんだね、それは?」


 年配の校長は、ダンジョン配信が何か知らなかった。


 それも仕方ない事だろう。 なんせ、俺も知らん!


「ご存じないですか! あの『姫騎士』セイラ・ブリューナさまが率いる冒険者集団『王家の旗手』の活躍が、今はこうやって見えるんですよ!」


 意外な所で聞こえてきました知り合いの名前。 思わず「ぶっ!」と吹き出すところだったぜ。

 

 よく見れば、生徒の手には魔道具スマホ。 


 魔道具ってのは、かつて異世界と繋がっていた古代文明の技術を魔法と科学の組み合わせで再現した物だ。


 その中でスマホは、離れた場所の相手と通話する専属機械。 それを利用して、撮影した映像を送りあったりできる。 

 

 ───それは置いといて。


「いいですか? 校長先生! この学校の卒業であるセイラさまは、人類のためにダンジョンで戦っています」


「えぇ、それは我が聖ステラ学園にとっても───」


「なら、わが校でもダンジョンに挑み、それを生配信で世界に公開する事は、意義のあることだと私は思います」


「本当かよ」と俺は小声で突っ込んだ。


 3年前から、セイラに憧れる若者は多くいた。


 だが、憧れは憧れだ。 

 戦士として巨大モンスターと戦うための理由モチベーションにはならない。


 あべこべだ。 


 戦い続ける理由がなければ戦士になれない。


 だから、戦士になる事を目的にしてはいけない。  


 きっと、あの女生徒も……ん? あれ?


 彼女、校長先生と一緒に俺を見ているぞ? 一体なにが?


「えっと、フレイ先生。わが校のダンジョン配信部の設立の条件として、彼女の実力をテストしてはくれませんかね?」


「はい? 何で俺が?」


 これは、後から知ったことである。 どうして、俺だけ他の教師たちより暇なのか?


 どうやら、俺にだけ特別な仕事が与えられていたようだ。


 荒事の専門家。

 

 例えば───  

 用心棒のような仕事だったり、 


 跳ねっ返りの不良生徒を押さえつけたり、

 

 そんな野蛮な仕事があったようだ。


 ……いや、事前に本人には知らせておいて欲しいものである。

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