最終章 線の内側

朝、森は静かだった。

異変はない。

風も、鳥も、昨日と同じだ。


村の中だけが、少し変わっている。


誰かが欠けた分、

動きは自然に埋まる。

補おうとする者はいない。


少女の位置は、昨日と同じだ。

外されてもいない。

前に出てもいない。


それが、正しい。


川へ向かい、手を洗う。

水は冷たい。

もう、赤くはならない。


拭い、袖を下ろす。

迷いはない。


村の端に、外されたものは残っていない。

運ばれたわけでも、処理されたわけでもない。

最初から、いなかった形になっている。


誰も、その名を思い出さない。

思い出す必要がない。


森は、遠い。

近づく気配もない。


少女は知っている。

森が引いた線は、もう役目を終えた。


これから引かれるのは、

人が、人に引く線だ。


夕方、火が起こされる。

煙は低い。

熱は足りている。


肉は分けられる。

大きさは揃わない。

誰も気にしない。


少女は受け取り、座る。

焼ける音を聞く。

噛む。


今日も、食べた。

今日も、生きた。


それだけで、この村では十分だった。


森は、何も言わない。

だが、もう関係ない。


選別は終わらない。

場所を変えただけだ。


少女は火を見る。

炎は揺れるが、乱れない。


明日、外れるのが誰でも、

村は続く。


それを知っている者だけが、

ここに残る。

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森の奥 mono @monokaki_story

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