第16章 外れたもの

朝、人数が合わなかった。


数えなくても分かる。

配置が一つ、空いている。


名は呼ばれない。

呼ばれないこと自体が、確認だった。


外れたのは、昨日いちばん静かだった男だ。

手順を間違えない。

森にも入っていない。

合図にも、直接触れていない。


だからこそ、誰も予想していなかった。


村の端、川に近い場所で見つかる。

倒れてはいない。

座ったまま、動かなくなっていた。


目は開いている。

呼吸もある。

だが、村の誰とも、合っていない。


少女は近づく。

距離を測る必要がない。

もう、対象ではないからだ。


男の手が、地面を探るように動く。

何かを掴もうとしている。

だが、そこには何もない。


「戻ってない」

誰かが言う。


否定はされない。


森に入った者は、森から戻る。

戻らなかった者は、どこか別の線に落ちる。


ここは森ではない。

だからこれは、森の結果ではない。


村の結果だ。


少女は理解する。

森は、人を選ばない。

村が、先に人を揃えすぎた。


正しさを重ね、

無駄を削り、

間を詰めすぎた。


外れたのは、弱い者ではない。

間に耐えられなかった者だ。


男は、森を見ていない。

少女も、もう見る必要がない。


運ばれる。

川へではない。

埋められもしない。


村の外に置かれる。

「いた」という配置だけが、消される。


作業は続く。

順は保たれる。

だが、重なりは戻らない。


少女は自分の手を見る。

今日は、迷わない。

そのことが、少しだけ怖い。


森は何もしていない。

何も言っていない。


それでも、

線は引かれた。


次に外れるのは、

森に行った者ではない。


村に残った者だ。


少女は目を上げる。

森は遠い。


だが、もう関係ない。


選別は、

中で始まっている。

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